画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite
ブログアーカイブ

2015年01月06日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く13

明けましておめでとうございます。
今年もどうぞよろしくお願い致します。

今回はこれまで続けてきた「いばら姫」を解説します。
おとぎ話を夢解き風に解説し、
話のダイナミズムが夢と同じ効果を持っているという解説をしています。

では、「グリム童話『いばら姫』を夢と解く12」('14/12/30) の続きを。

13
王子はいばら姫のあまりの美しさに驚いて、
身をかがめると姫にキスをしました。
するとそのとたん、
姫は目をさましました。
そして王と妃も、
城じゅうの家来たちも、
馬や犬も、
屋根の鳩も、
壁の蝿も目をさましました。
かまどの火は起きて、
ぱちぱちと燃えて食べものを煮込みました。
焼き肉はまたじゅうじゅう音をたてはじめました。
料理番は小僧の横っつらをはたきました。
女中はニワトリの羽をむしり終えました。
それから王子といばら姫の結婚式が祝われました。
そしてふたりは死ぬまで楽しく暮らしました。
                          ー終わりー


とてもロマンチックな文章が続きます。
王子は姫の美しさに酔います。
美しい姫に心奪われる王子。
何と言うことの無い常の話と思われますか。
そしてキスをする。
ここに来て読み手、聞き手はちょっと鼻白む思いになりますか。

この2行はとても大切な情動のプロセスです。
これが無ければ半身の異性を目覚めさせることはできません。
両親の呪縛で眠りこけている姫に、
霊性の大切さを知るきっかけを提供するには、
この世の体験に身を呈してぶつかって行ける男性性が必要です。

姫の美しさは世間の評判でした。
ふたつある性のうちの男性を選んだ王子は、
更に自分が体験から得た老成した叡智の後押しを受けて、
美しさ、異性の美点を獲得する重要性を理解しました。
ここまで辿り着く王子の努力は、
進取の気質を持った彼の理性が先導して辿り着いた地点です。
眠りこけた異性の姫を前にして、
姫の秘めた美しさに感動を覚えます。
姫とのやり取りはまだありませんが、
美しさの存在を確信するのです。
異性は自分の美しさを表に出す道を造ってくれる存在とも言えます。

理性が教えてくれた半身に辿り着いたとき、
そこで体験できたのは自分の大きな感動です。
この感動には実感があります。
実感は王子に取って実体なのです。

見るとは認識すること、
認識するとは理解すること。
判断ではなく美しいと自分が感じるものが、
情動を教えてくれて自分の本質、
本質の在処、
霊が住むところを教えてくれました。

姫を美しいと思うのは、
王子の中に姫を美しいと思う基盤が必要です。
その基盤が霊性が住むところです。
そこに触れたいと王子は思ったのです。
自分の身体の中で繊細な部分。
それも理性に遠くないところにある鋭敏さで触れたいと思ったのです。
王子は自分の唇を姫の唇に触れさせたいと思いました。
これは理性ではなく魂と感情がひとつになって起こせた行動です。
もっと正確に言うなら、
霊性の望みを感動が教えてくれたので、
霊性が望む行動に出られたと言って良いでしょう。
 
このお話は講座では女の自立の第一移行段階と説明しています。
母と一体であった娘が母から自立し、
自己の自律を得て行くプロセスの一番はじめの段階です。

つまり異性への興味は、
親では埋められない空虚を知ることで起こります。

異性を求める気持ちは、
霊性の発達を望む自分のスピリットそのものの願いだと知る訳です。

王子のキスが無ければ、
自分の中に眠るもろもろは目を覚ましません。
ここに挙げられているものたちは、
ひとりの人間のあらゆる機動力であり、
エネルギーの現れです。
人間として生きて行くために使える技であり、
能力とも言えるでしょう。

『いばら姫』は心の成長の初期段階を表しているお話です。
それも女性の霊的成長であり、
男性の女性性の部分の成長を教えてくれるお話です。

わたしたちの心を掴んで離さない多くの遺産として残っている昔話は、
このように性的です。
言い古された言葉ですが、
性なるものが最も聖なるもの。
いにしえ人が残してくれた遺産です。

おいおい次の段階のお話も解説して行きたいと思っています。


posted by バンナイ at 11:32 | 夢のメッセージの取り方

2014年12月30日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く12

今年最後のブログアップになります。
これを読んで下さるみなさま、ありがとうございました。

わたしは今年後半から息切れ状態が続いています。
外側は代わりのない毎日なのに、
心模様はより強固になるよう促されています。
心を揺らしてもそのことが更に芯を強くしてくれているのは感じますが、
「ちょっと休みたい。ちょっと勘弁してよ。神さま!」状態です。
それはそれとして希望はますます強く大きく、
将来への展望は輝きを増しています。
その気持ちの高揚をもたらしてくれたのが、
5月から始まった本づくりでした。
タイトルは仮ですが、
『夢療法〜人生が輝く夢の読み方活かし方』
コスモトゥーワン
1月下旬か2月に店頭に並びます。
良いお年をお迎え下さい。


では、「グリム童話『いばら姫』を夢と解く10」('14/12/16) の続きに。

12
そして王子は進んでいきましたが、
王子がいばらのやぶに近づくと、
一面に花が咲いていました。
それが分かれて、
王子がそのあいだを通っていくと、
うしろはまたいばらのやぶになりました。
こうして城の中に入って行くと、
中庭では馬が横になって眠っていました。
ぶちの猟犬も眠っていました。
屋根の上には鳩がとまって、
頭を羽の下につっこんでいました。
中へ入っていくと、
蝿が壁にとまって眠っていました。
台所の火も料理番も女中も眠っていました。
さらに奥に入っていくと、
家来たちがのこらず横になって眠っていました。
もっと先に行くと、
王と妃が眠っていました。
あまりに静かで、
自分の息が聞こえるほどでした。
そしていよいよ古い塔のところへやってきました。
そこには、いばら姫が横になって眠っていました。


これまでの解説に倣って、
王子がいばらのやぶに近づくと、
一面に花が咲いていました
」のところを考えてみましょう。
進取の気概ある王子は、
こまごました手順や約束事やあれこれを、
丁寧に取り組んで行くと、
花が咲いているのを目にするのです。
つまり、自分の目的(自分の異性と出会うと言うこと)が
ちゃんとわかっていて、
自分がすべきことをおろそかにせず、
一歩一歩進んで行くと、
世界が花開いて見えるのだと納得しています。
「花が咲く」とは神さまからの承認とも受け取れ、
目に移るものがみな美しく見える心情を言います。
つまり、王子はこの道程を美しいもの、
ありがたいもの、感謝の念をもって見ることが出来ています。

では、ここでも卑近な例えを使いましょう。
結婚したいという人がその目的を実行に移そうとすると、
結婚相談所に行ったり、
知人友人にその意を知らせたり、
あるいは心身を整えるために勉強したり、
施術をしてもらったり。。。。
目的に真っすぐに辿り着くかどうかわからない手順が必要になってきます。
訪れた先の結婚相談所の係員がどのような人で、
その仕事をどう思いながら従事しているのだろうか。
嬉々として話を聞いてくれてほっとした。
「良い人がいたら紹介して」と頼んだあの人は、
意外に熱心に受け止めてくれて安心した。
いつなんどきそんな人が表れるかもしれないので、
いつでもお目にかかれるように体調を整えておこう、などなど。
まわりの様子を観察しながら、
この道程を楽しむ余裕が欲しいものです。
王子の態度はそのようだったと思われます。

王子が自分の道を進んで行くと、
うしろはやぶになります。
薮で塞がれれば前にしか進めません。
後退の道はないのです。
前進をはじめたら後退はあり得ない。
王子は覚悟を決めています。

結婚願望の方々は、
直ぐに後退をはじめます。
「結婚しなくても人生だし、
高が相手を捜すだけのこと。
こんなに苦労するとは割が悪い」、
前進しない言い訳は直ぐにでも考えつきます。
前進し続ける覚悟ができません。

自分で一旦決めたことは、
前進し続けるだけだと腹の決まった王子は、
うしろが薮になって戻れなくても驚きません。
だから城に入ることができました。
城の中では息あるものすべてが眠りこけています。
城の内も外も脈動するすべてがいのちを生きず、
魂を眠らせている訳です。
自分の半身の女性性も魂を眠らせている状態です。
古い塔のところまで王子は行き着くことで姫を見いだします。

古い塔というのは、
第六チャクラと第七チャクラの高い霊性を指します。
ここは第4チャクラのハートセンターを昇り抜け、
自分の辿る道は自分を明かす道だと、
確信を持った第5チャクラを抜けて辿り着ける霊性を言います。

まとめると一旦決めたことは迷わずやり抜くことですが、
道々の景色を眺めやることで、
自分がいかに愛された存在かを実感できて前進します。
それが確認できれば、
これまでの過去の道が閉ざされていることなど気になりません。
前進し続けることで視野を広げることができ、
自分の人生を大局的に考えられるところに到達したからこそ、
伴侶に出会うことができたのですから。

結婚したいと言う動機が、
はじめはどうあれ、
深く考え抜き、
それを行動に移し、
さまざまな体験を通り抜けるうちに、
その動機そのものが、
深く霊性に則った望みであったと合点できたとき、
ふさわしい伴侶である半身に出会うということのようです。

ーつづくー


posted by バンナイ at 21:03 | 夢のメッセージの取り方

2014年12月16日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く11

「グリム童話『いばら姫』を夢と解く10」('14/12/3) の続きです。

本題に入る前に近々出版となる本の話をしましょう。
現在購入戴ける坂内慶子の夢解きの本がありません。
それがやっとお届けできることになりました。
とはいえ出版は来年1月下旬から2月に掛けてです。
出版社はコスモトゥーワン(http://www.cos21.com
タイトルは仮ですが、
『夢療法〜人生が輝く夢の読み方活かし方』です。
多くの方々に平易に夢を理解していただけるように、
また夢を日々に活かせるようにと心砕いて本にしました。
楽しみにお待ちいただけたらと願っています。

では、「いばら姫」の話に。

11
あるとき、ひとりの王子がこの国を旅してきました。
その王子にひとりの年寄りが、
このいばらのやぶの向こうに城があって、
とても美しいお姫さまが、
城じゅうの家来とともに眠っているというという話をしました。
またその年寄りがおじいさんから聞いた話では、
これまでにもたくさんの王子がやってきて、
通り抜けようとしたけれど、
いばらに引っ掛かり、
棘に刺さって死んでしまったということでした。
「そんなこと、
ぼくはこわくはない」、
王子は言いました、
「やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう」。


この「いばら姫」の物語が伝えたい大切ことが、
「そんなこと、
ぼくはこわくはない」

と、いう言葉です。

この言葉がどれほど重要かを、
これからしつこく説明しましょう。

人生はチャレンジです。
変化を恐れていてはチャレンジはできません。
チャレンジが無ければ変化もなく、
変化が無ければ成長もありません。
成長がこの人生の意義で、
冒険を求めて成長して行くのがこの人生の目的だからです。

そこでこの「ぼくはこわくない」という言葉が重要になります。
冒険はそれまでと違う世界に自分を投げ入れることです。
誰でも挑戦するには王子のこの言葉までの段取りが必要です。
その段取りがなくて挑戦しても上手くいかないでしょう。

この王子が成功に至ったのはここでこの言葉が口からでたからです。
この言葉を発せられるだけに充分に準備が整っていたからです。
この言葉を発せられる心境になってはじめて挑戦が可能だからです。

人は挑戦を怖がります。
夢の勉強に取り組んで、
夢の伝える意味を汲むのはそれに比べて簡単だし、
わかり易いし、だから納得もできます。
自分が取り組むべきは「成る程これなのだ」と、
いくつかの夢の意を紐解けばわかってきます。
けれどいざ夢のメッセージを行動に移す段になると怖じ気づいて、
それまでの勉強を活かすことが出来ません。

どうして挑戦を、チャレンジを、
あるいは変化を怖がるのでしょう。
もちろん変化を許すとは、
慣れ親しんでいない状態に適応できる自分を信じることなのですが、
ここで多くの人は足踏みするばかりとなります。

一歩を踏み出すことが出来ません。

そこで、この王子を見習いましょう。
王子はまず挑戦に先立ち何をしたでしょうか。
彼は自分の国から出て、
知らない国を旅してやってきました。
あるとき、ひとりの王子がこの国を旅してきました。」を、
たくさんの国を旅していた途中にこの国にやってきたと読んでみましょう。
自分から問題に挑む心の筋力をつけるには、
知らない世界を知ろうというオープンな心が必要です。
これを読まれて、
それはむずかしいと思われ、
オープンな心を自分は持つことはなかったと思われますか。
わたしたちは学校に行くことで、
小さいながら他国への旅をしてきました。
人の集まりの枠が変わると、
価値観も評価も変わるものだとどこかで気付きませんでしたか。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学と枠はどんどん変わります。
そのどこかで人の評価は枠に依って変わるものだと悟ったでしょう。
これは大切な悟りです。

たとえいじめにあったとしても、
それはその枠だけのこと。
枠から出てしまえば、
いじめは追いかけてきません。
記憶だけがいじめをあったことにします。

「旅」に込められた象徴は、
このようにひとつの体験に執着しない心構えを教えています。

次に、挑戦するための課題に出会って行くのですが、
王子は情報収集が的確です。
情報提供者は「年寄り」です。
男性で人生を長く生きてきた人生の先輩です。
年寄りは「その年寄りがおじいさんから聞いた話」までしてくれます。
これは情報が確かなもので、
長い年月に依って精査されているという暗喩です。

情報提供者は男性性の優れた者である必要があります。
つまり挑戦するには、
その課題を男性性の特徴である分析的に順序立てて理解する必要があります。
ちなみに余談ですが、
夢ではこの段階を咀嚼や料理として場面構成をする場合があります。

王子が知る必要のあることは、
美しい姫がお城の中に眠っていること。
つまり直面すべき、獲得すべき課題は、「美しいお姫さま」です。
美しい」とは恩寵深い存在だと言うこと。
お姫さま」とは自分の片割れ。
異性のこと。
つまり、自分が統合すべき恩寵深い半身の存在です。
その存在に気付く必要が無ければ、獲得という冒険、
つまりチャレンジは出来ません。
異性が大切で、
それと直面することが大事だと納得できたのがこのときの王子でした。

何故納得できたか?
その情報が年寄りから自分に向けてもたらされたからです。
ここで言う年寄りに込められた意味は智慧のことでしょう。
年寄りとは、
この世への欲も得も遥かなものになった人のことです。
年寄りとは、
欲を超えて智慧を後世に伝える存在です。

智慧あるものは言います。
挑戦者はこれまでにたくさんいたと。
これで挑戦に失敗したものの情報を王子は得ていたことがわかります。
失敗の原因は、
いばらに引っ掛かり、棘に刺さって死んでしまった」からです。
いばらの棘とは何でしょう。
道を塞ぐ雑多なことごと。
道々こまごまとした煩わしいことがいくつもありますす。
人生の道を歩いているつもりが、
その雑多なことに気を取られ、
本来の目的、霊性を磨き成長して行くことという目的を忘れます。

例え自己の伴侶に出会ったとしても、
本来の目的を忘れてしまえば、
その伴侶は「美しいお姫さま」ではないことになります。
人生の目的を知ることが無ければ生きて死んでいることと同じです。

しっかりした真実の情報を得ることのできた王子は言います。
そんなこと、
ぼくはこわくはない
」と。
「こわくない」と言えるのは怖いことを知っている証拠です。
怖いことを視野に入れながら、
怖いことに油断せずにいようと自分に言い聞かせることが出来てはじめて、
「こわくない」と言えます。

ここまでを卑近な例でお話すると、
夢のメッセージを行動に移す前に、
多くの人は年寄りが心の中に存在させられていないように思います。

「年寄り」とは繰り返しますが、
欲得なく霊性だけで判断できる分析力のある智慧を言います。
例えば、結婚したいと言う願望は霊性の願いです。
この霊性の願いを霊性が望むことだから叶えようとすれば、
「年寄り」の登場を待たなくてはなりません。
しかし結婚願望を霊性の願望と考えることが出来ません。
結婚したいと言う願望が出てきても、
「年寄り」の登場を待たずに、
子供の要求と考えたりします。
すると子供ですから恐怖のままに結論を出したがります。
幼稚な子供のまま、
出来る訳が無いとか、
異性が怖いと短絡的に考えるだけで、
願望を形にしようと挑む姿勢を取れません。

「年寄り」は王子の願いを叶えるためのサポート役を務めます。
その為の年寄りの側面をしっかり打ち立てなければ、
成長のための挑戦には出られません。

多く人はこの挑戦の前で足踏みをし続けます。
そうなると考え深くさせられる失敗もない代わり、
成功はもとよりありません。
何もしないと言う選択は感性を鈍らせることになります。

やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう
」という王子の言葉には、
彼が挑戦し続ける間目的を忘れないと言う決意を読み取れます。

「やぶ」の中では、視界が悪くなります。
視界は目に見えないと言う意味ですが、
それは比喩で目的を見失うという意味でもあります。
「やぶ」をかき分けている間に目的を見失う訳です。

結婚したいという思いを叶えるには、
世事に疎くては実行に移せません。
枝葉末節と思えることにも忍耐と努力が必要になります。

やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう
」と言う言葉の前半で、
自分のやるべき目の前のことを自分に言い聞かせ、
後半で目的が叶ったときのイメージを確認しています。

今回は冒険の前にすべきことをしっかり並べてお話しました。

ーつづくー

posted by バンナイ at 15:25 | 夢のメッセージの取り方

2014年12月03日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く10

「グリム童話『いばら姫』を夢と解く9」('14/10/17) の続きです。
長く間を空けてしまい、
続きを楽しみにして下さっている方々には申し訳ありません。

天の鳥船庵は、
お陰さまでご加護をいただき平安に静かに過ごしています。

昨日今日は強い風が吹き、
空は晴れ渡りいわゆる日本晴れ。
富士山は稜線をきれいに裾まで広げ、
白雪の冠は誰に取っても丁度ではないでしょうか。

夢の情景や風景構成法で晴天をクレヨンで描くとき、
青空だけでは物足りないと、
白い雲を描き足したくなるときがあります。
そこで綿雲を描きたして、
気分が安定するのを覚えます。

あるときテレビで気象予報士がそれを「へそ天」というのだと話していました。
雲ひとつない晴天は、
今日のように強い風がセットになっているのだそうです。
穏やかな晴天には雲がひとつ。
そのひとつの雲をへそというのでしょう。

自分が密かに感じていたことと、
気象予報士の解説が重なって、
気分てすごく科学的なんだと感心した思い出があります。

自分の目標や取り組む課題がわかったら穏やかでいられます。
たとえそれが難問だとしてもです。
景色全体はよく見えていますし、
高々一片の白雲ぐらいと思えば良いことですし。

それが晴天の白い雲なのだと合点したのでした。

ところで先日、
青空をバックに葉の落ちた灌木の上を白雪が舞う夢を見ました。
この夢のなかにいながら、
過去の情景と今の状態と未来の約束を、
心に浮かべながら、
夢からゆっくりとこの世に戻ったことでした。


この時代を生きるわたしたちへの指針を『いばら姫』に見ています。
では、続きをはじめす。

10
美しいいばら姫のことを聞いて、
王子たちがやってきて、
王女を助け出そうとしましたが、
このやぶを通り抜けることはできませんでした。
いばらがまるで手のようにお互いにかたくからみ合っていて、
王子たちはいばらに引っ掛かって動けなくなり、
みじめに死んでいきました。
このようにして長い長い年月がすぎました。


この世の価値観どっぷりの姫を助けるには、
異性の若者でなくてはなりません。
王さまは男性ですが、
一国一城の主です。
この王さまは国民を統べる(この世で生きる)ことに邁進してきました。
そんな日々を長く生きているうちに、
彼の統治すべき国と統治に費やした時間が、
現実世界に過度に適応させ、
男性性の大元(王さまで象徴するひとりの人間の中心を成すところ)の
霊性を忘れさせる方向に誘ったのでしょう。
その表れが理想通りに育った姫の存在です。
姫の美しさはこの世の基準が定めるものに依っています。
王さまも姫もすべてがこの基準で生きるという姿勢が、
ここの意味です。

まわりを見回すとこうした価値観で動いている人が目に入ります。
この物語は、それでは魂は眠っているのと同じと説きます。

姫が持っている別の面(=内面)の美しさを引き出すには、
王さまの価値観とは違う自分独自の考えを持つものの助けがなくてはなりません。
まだこの世の価値観どっぷりでない未完の男性性が必要です。

美を求めるための無邪気な探究心は若い男性性の強い表れです。
一方、美は女性性の表れです。
ひとつのスピリット(魂)が心の中の美にたどり着くには、
いばらのトゲの藪の中をかき分けかき分け前進して行かなければなりません。
この地道な作業は男性に向きません。
連続した単調な行為で、
この世の見返りはないかもしれない行為に男性性は堪え難いでしょう。
いばらの薮をかき分ける行為は、
そんな平凡な日常を生きるための行為と似ています。
スピリットはこの日常の単調な生きるという行為そのものに内在する美、
つまり恩寵に気付くには、
美を求める探究心だけでは目的を達することは出来ないと、
この物語は伝えているようです。

求める気持ちは強くても、
単調な日々に恩寵の美を見つけるのは並大抵ではありません。
というわけで、目的を達せられない王子たちがみじめに死んで行きます。

では、どうしたら人生の美しさ恩寵に辿り着けるのでしょう。

それは次回に。

ーつづくー


posted by バンナイ at 20:25 | 夢のメッセージの取り方

2014年10月17日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く9

「グリム童話『いばら姫』を夢と解く8」('14/9/24)の続きです。
『いばら姫』を夢解きと同じに解説しています。

これまでの男性有利の世界を超えて、
これからは女性も輝く世界を創っていこうと時代は動いています。
では、それはどのような社会なのでしょう。
何を指針にこれからを造り上げて行けば良いのでしょう。
それを考える一助におとぎ話を紐解いています。


ちょうどそのとき、
王が家来たちを全部ひき連れて帰ってきました。
そしてみんな眠り始めました。
馬小屋の馬も、
屋根の上の鳩も、
中庭の犬も、
壁にとまっている蝿も、
かまどで燃えていた火までもが静まり眠りこみました。
焼き肉はじゅうじゅう音をたてるのをやめました。
見習いの小僧の髪の毛を引っぱろうとしていた料理長は、
小僧を放しました。
女中は羽をむしっていたニワトリを落とすと、
眠りました。
そして城のまわりには、
ぐるりといばらのやぶが高く生い茂りました。
いばらはどんどん高くなって、
とうとうなにも見えなくなりました。


姫が眠ると王さまも眠ります。
それに続いて何もかもが眠りにつきます。

これはどういうことかといえば、
王さまはこの世の価値観で娘を育てました。
姫が美しいとは王さまの理想通りに育ったということです。
この美しさはもちろんそれだけの意味ではありません。
美しさは恩寵ですから、
神さまの加護がはたらいているという意味も含まれています。
しかし王さまの目から見て美しいのですから、
彼の価値観通りだということになります。

理想通りの娘は最早王さまの生き甲斐であり、
宝であり、
自分の正しさの証しです。
娘がすべて。
娘の存在に王さまは自分を失って霊性を眠らせたのです。
だから王さまとお妃さまは簡単に眠りこけます。

これを現実に落として考えてみましょう。
現代人は子どもが産まれると多く受験に走ります。
学閥閨閥あれこれ閥も駆使して育てます。
子どもが価値観通りに成長すれば、
それは美しい子となる訳です。
親は自分の考えが正しかったとほっとします。
誇らしい気分になります。
他に比べて優れた我が子が輝かしく思えます。
この他に比べてというところが、
霊性を無視したこの世の価値観の罠です。

ということで姫の周りはすべて姫の輝きに魅了され、
自分本来の真からの思いを遠ざけ眠った状態でこの世を生きます。
では次々に眠りこけるものを見てみましょう。

馬はエネルギーの象徴です。
鳩は平和の象徴です。
犬は親密さの象徴です。
蝿は心に浮かぶ些細なことの象徴です。
かまどの火は料理の象徴でしょうか。
焼き肉は持久力の象徴でしょう。
料理長は経験を栄養にする術の象徴です。
女中は実際的な生きる術の象徴でしょう。

これらの要素を仔細に眺めると、
これらが心の中にあれば、
他と比べる作業に入れません。
人と比べるとそこは戦場になります。

自分の人生に挑むには、
内に秘めたエネルギーいっぱいに行動します。
中から沸き上がるものなので外と比べた行動ではありません。
これが馬の象徴です。

心の平安は他と比べる競争とは違う世界のものです。
鳩は争いを知りません。

親密な感情には自他の別はありません。
犬は自分がかわいく愛される存在だとしか思っていません。

心は常時何事かをつぶやいているものですが、
そのつぶやきは些細な身近なこと。
自分にとって日常です。
大所高所ではありません。
それが心の蝿です。

かまどの火は、
自分のエネルギーを管理できる能力が備わっていることの証しです。
かまどの火は絶やしてはいけないけれど、
必要に合わせて燃え上がらせる必要があります。

焼き肉は(動物性)たんぱく質の総称と考えます。
人生を進ませる持久力をつけるために必要です。
この人生を忍耐強く生き切るには、
食べ物を食べ続ける必要があります。
絶え間ない前進のためには他と比べるなどという考えはありません。

料理は問題を消化できるように煮炊きする技です。
常に問題を自分の消化力に合わせて分析処理できたら、
苦になる問題は持ち上がりません。
料理長はことを全体的に把握し処理する能力を指します。

女中が持っている能力は誰もが持っている必要があります。
この世にいる自分を他人に頼らず世話できる能力は平等に必要です。

これらすべて何もかもが眠りについてしまいました。
これらの効能はすべてこの世の尺度で動くことになってしまいました。
競争は「自他の別」意識に基づき生まれます。
「和」の反対です。

城のまわりにはいばらが繁茂します。
いばらが繁茂すれば人は近づきません。
他人と自分に垣根をつくる訳です。
いばらが繁茂して垣根をつくります。
垣根は別を表す象徴です。
他と比べる条件がトゲです。

この世で成功したと意識する人は多く別をつくります。
自分も人を近づけず、
人も敢えて親しむことをやめ、
外からいばらの城を眺めるだけです。
いばらで囲まれた心の内は霊性を無視したものの活躍する世界になります。
それが眠りの意味になります。

ーつづくー


posted by バンナイ at 20:42 | 夢のメッセージの取り方

2014年09月24日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く8

ところがつむに触るやいなや、
姫はつむで指を刺してしまいました。
そしてすぐに深い眠りに落ちました。


この箇所がこの物語で一番大切なところでしょうか。
ここではこの「いばら姫」の物語を題材に、
心の発達のどの辺を象徴的に物語っているかを解説しています。
特に心の中の女性性を取り上げてお話しています。
もちろん今女性として生きている方々への提言も含めて、
童話を紐解いています。

そこでここはまず第一段階、
親から自分を放して自律(自立)を勝ち取るところです。

この箇所が重要なのは、
「運勢が動く」のは、
或いは「人生の課題が明らかになる」といえば良いのか、
正確な言葉を決めかねているのですが、
本人の意志に基づく選択と行動があって、
はじめて親と関係ない自分の人生が動き出すと伝えていると思えます。

娘は異次元と離れることのなかった母親の願いでこの世に生を受け、
産まれてからはこの世の規範を重んじる父親の側面で育てられたということは、
言ってみればトラウマをしっかり身に付けて育ったということです。

しかし、トラウマだけで生きていては人生ははじまりません。
それを意に介さず自分の心の赴くままに、
塔へと通じる階段を昇ります。
姫は「塔」を知りたいのです。
塔が「どうなっているのか知りたく」て、
階段を昇ります。
ここのところは、
自分の人生を上り詰めたいと願っている心の表れとも考えられます。
人生とは何なの?
人生の高みとは何なのでしょう。

つむを手に取ったら深い眠りに落ちると、
12番目の妖精と13番目の妖精が言った通りになります。
つまり姫が産まれる前に決められた運命がここではじまる訳です。

これは親が布置したトラウマより、
異次元が決めた運勢の方が、
人生を決めると受け取って良いように思います。
このことがこの「いばら姫」の物語の重要なところではないでしょうか。

たくさんの方の夢に接してきて、
やはりこのことを強く感じます。
トラウマは自分の弱点や執着や人生の課題の特徴を教えてくれますが、
このトラウマ自身は魂の計画の表側を見せる役割なのではないかと思うのです。

親はいっとき、
子どものトラウマの原因をつくった自分を、
受け入れ難い心境になるようですが、
この場面をよくよく読むと、
わたしは姫のこの無邪気さを微笑ましく思います。
例えこの先眠りこけてしまうとしても、
姫はどうなっているのか知りたく」ているのです。
自分の人生がどうなっているのか、
外に向かう娘の好奇心をほめてやりたいと思います。
人生を好奇心を持って生きていける、
そんな娘に育てられた親の自分をほめてもよいのではと思うのです。

好奇心のままの行動は、
親の与り知らぬところでなされなければなりません。
しかし、外に向けて疑うことなくおばあさんを気に入る素直さが必要です。
トラウマに手を貸しても、
人生をあきらめない子どもを育てるそれが親の責務かもしれません。
この物語のすばらしいところと思います。

つむは糸にする原料を糸に撚るものです。
撚った糸を織物に織ります。
織物は人生。
つまり糸は宿命や意図に通じます。
糸を娘が操ることは、
人生を興味のままに押し進めようとすることです。
そのつむで指を怪我します。

王さまは娘をこの世の価値観で育てたと前にお話しました。
15歳になった娘は無邪気な好奇心で自分を生きようとしましたが、
娘に意図があるはずもありません。
糸は扱えないのです。
この物語ではつむを扱い損ねて怪我をし、
死ぬのではなく眠りこけてしまいます。

13番目の妖精は、
娘が15歳になったら
糸巻のつむが刺さって死んでしまう
」と言いましたが、
12番目の妖精が、
でもそれは死ではなくて、
ただ百年の深い眠りに落ちることにしましょう
」と言います。
13番目の妖精がお祝いに差し出す徳をないがしろにするなら、
この人生を終わりにさせると言い放ったことになります。

しかし、12番目の妖精は死ではなく眠りに落とすというのです。
「死」ではなく「眠り」とは何を言うのでしょう。
この世で眠ったままで生きるとは、 
どういうことでしょう。

それは、この世の価値観のみで生きるということのようです。
王さまとお妃さまはこの娘を欲しいと願った時、
その時はこの世の価値観だけで望んだのではありません。
特にお妃さまはザリガニの言葉の真実を見抜く力を持っていました。
彼女はこの世にいてあの世の知らせを受け取る能力があったのです。
これは女性性の特質です。

しかし娘は興味の赴くまま、
自分の可能性を探検する一歩を踏み出しました。
これが霊性を眠らせたままの日々になる訳です。

ーつづくー


posted by バンナイ at 20:44 | 夢のメッセージの取り方

2014年09月16日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く7

心の中の王さまの側面に育てられた娘も、
15歳になると自我が芽生え、
魂本来の自分を生きることに目覚めます。
しかしそれは荒削りな洗練されていない我が先導します。

王さまは心の側面を言っています。
では娘は?
娘は女の子と女性の間、未発達な女性的側面です。
つまり、ひとりの人間が自分を生きたいと内なる声を聞きはじめた頃、
その声に従って行動を起こせる側面を指します。
行動を起こすには、自分を生きたいという衝動を、
外側に求めるエネルギーを指します。

前回までで未発達ながら自分を生きたいと行動を起こす娘の側面が、
いよいよ行動を起こしたとなる訳です。

扉には黄色い鍵がささっていたので、
それを回すと、
戸がぱっと開いて、姫は小さな部屋にいました。
その部屋にはひとりのおばあさんがすわって、
麻糸を紡いでいました。
姫はこのおばあさんが気に入って、
おばあさんと冗談を言ったりしました。
そして、自分も一度糸を紡いでみたいと言って、
おばあさんの手からつむを取りました。


自分を生きたいと考え行動する自我の扉には、
黄色い鍵がさっさっています。
15歳の娘が持っている鍵は黄色の要素、
つまり無邪気に知りたい、見たい、経験したいが勝ります。

黄色の持つエネルギーは人生を進ませるには絶対に必要な要素です。
理論や常識や安定性や身を守る安全策は黄色にありません。
理念の代わりに冒険心にあふれたエネルギーがあります。
この黄色は人間界の道理や限界を超えて行けるエネルギー、
人生に対する信頼を色濃くあらわします。
冒険を自分に許すとき、
すべてを許容できる心がそこにあります。
それがなければそもそも冒険を自分に許可できません。

しかし、娘は冒険心のままに行動したら、
あっという間に知らない世界に出て、
そこには年老いた女性がいます。
老いた女性とはこの世の経験が長いということです。
おばあさんには月のものがありません。
閉経を迎えると女性は産む機能を卒業する代わりに、
他の産み出しに関わる責任を負います。

このおばあさんは麻糸を紡いでいます。
織物の麻糸を紡いでいるおばあさん。
織物は人生そのものを表します。
この『いばら姫』はドイツの伝承童話なので、
ヨーロッパの文化が背景にあります。
人生は一枚のタペストリー。
人生を織る要素の糸を作り出しています。
つまりおばあさんは娘に人生を造る要素を教えている訳です。
人生の要素を身を以て教える存在。
人生の何たるかを示す存在です。

娘が15歳になったら
糸巻のつむが刺さって死んでしまうと言っておこう
」と、
13番目の妖精が言ったのは、
この娘の誕生祝いの席ででした。
これは13番目の妖精のお祝いです。
他の妖精の贈りものは美徳や美しさというのですから、
妖精たちがお祝いとして差し出したのは、
娘の運や存在の概念とでも言いましょうか。
ものをこの世に産み出すための心的要素を妖精は贈りものとしました。

13番目の妖精とこのおばあさんは、
同じような存在で、
妖精は人間界に属さず、
年老いた女がその仲介者となれるというのではないでしょうが、
老いたおばあさんは妖精の存在意義と人間の両方を持った者といえます。
妖精の存在意義とは簡単にいうと、
次元を超えた精神とでも言いましょうか。

閉経を迎えた女性は肉体を通した創造ではなく、
ものではない運や概念を生きる心の創造を司ります。
妖精と手を繋げる存在です。
そもそも女性の特質は、
次元を超えたものへの感応が備わっていることです。
(この女性の特質を近年はないがしろにしてきたのではないでしょうか)

娘はおばあさんに相通じるものを感じ、
居心地良く過ごし、
おばあさんがやっていることをやってみたいと思います。

ーつづくー


posted by バンナイ at 09:22 | 夢のメッセージの取り方
  • (c) Kazunori Keiko Bannai All Rights Reserved
  • Home