画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite
ブログアーカイブ

2014年11月06日

ケース研究のクライアントに応募下さった方々に

夢療法家養成講座 in 天の鳥船庵第7期のケース研究のための
クライアントに応募下さった方々にご挨拶申し上げます。

この度は応募者が多く、
定員5名のところ急遽6名とすることにいたしました。
それでも応募いただいた方々すべてのご要望には応えられませんでした。
選にもれた方々に申し上げます。
半年後にまた新しいクラスが設けられます。
そのときは再び名乗りを上げて下さいますようにお願い致します。

この講座で扱えるケースは、
5例がいっぱいでした。
それを今回6ケースに増やすことができたのは、
セラピストを勤める受講生が、
みなさん受講2度目以上の精鋭ぞろいだったことが幸いしました。
全員一致で6ケースを検討することに同意してくれたのです。

これまで夢療法家養成講座 in 天の鳥船庵は6回を終えています。
ということで、
クライアントを引き受けて下さった方々は総勢30名となりました。

そのなかでクライアントを終えて、
夢療法講座を受講された方々のその後を考えてみますと、
そこに太い流れが見えます。
そのお話をしましょう。

ケース研究のための4ヶ月間の4つの夢と、
その後夢療法講座のクラスで話される夢には、
その方の人生の方向性と課題がより明確になり、
その方の霊性の深みが増して行くのを感じています。

いずれ近い将来、
ケース研究として何例かを公にできれば、
夢と霊性の繋がりがはっきりと理解でき、
夢の大切さをご理解いただける資料となるでしょう。
このことについては具体的な計画はありませんが、
今回のみなさんはクライアントを経験することで、
時間を味方に心の成長を夢から窺い知る、
貴重な実体験とその資料を手にすることになると、
これまでの経験から申し上げることが出来ます。

言葉を変えて説明しましょう。
夢は、
夢主の現状を肉体状況、
心情の在り方、
そして生き方のモットーの、
Body Mind & Spirit の三方面が1つの夢で分かるようになっています。

ケース研究のためのクライアントのときに扱われる夢は、
その後の人生の方向性と生きるための指針を示すものとなります。
つまり、クライアントのときに選んだ4つの夢が、
その後の方向を指し示す正確な羅針盤になる訳です。

毎回の面談で話し合われる夢は、
最もメッセージ性が濃いと思われる夢を心してお選び下さい。

夢にはメッセージ性の強くあるものと、
雑夢に近いものとがあります。
それらを一様に眺めるのではなく、
優先順位をつけてお考え下さい。

この試みが心を強くし、
人生の優先順位を決められる力を養ってくれます。

どうぞ、みなさまが夢療法の面談を楽しまれ、
ご自分を知ることで、
心の内が軽くなり、
そのことが、
ご自分の中に光が増して行く経験なのだと、
実感されますように願っています。


posted by バンナイ at 13:22 | あれこれ

2014年10月02日

バーニー・ヒュークス展

DSCN5975.JPG

昨夜代官山にバーニー・ヒュークス展を見に行ってきました。

バーニー・ヒュークスの名を知ったのは、
知り合って間もなくの夫の口からでした。
もう20数年前のことです。
アメリカでは有名でしたが、
日本人の好みには合わないのでしょう。
今でもヒュークスはマイナーではないでしょうか。

先週の日曜日にNHKの日曜美術館で紹介されたようですが、
残念ながら見過ごしました。
5日の夜再放送があるようです。

やっと個展の運びとなったので、
この幸運を逃すまいと足を運びました。
会場に入ると、
黒人の姉妹が迎えてくれました。
姉の10歳には届かないかもしれないその目の静寂。
対照的に無邪気な妹の姿。
それを絵にする画家の彼女たちに対する想い。
それがこちらに情感を持って差し出され、
受け取らないでいられない気持ちになります。

ヒュークスの品性と深みのある作品群に夫は神業と溜息を漏らします。

わたしはヒュークスの肖像画が好きです。
宮本武蔵の「百舌鳥」を見ているような鋭さを感じます。
どの肖像画も目を見るとその人が寸分違わず浮かび上がります。
或いは、書道で言う「真・行・草」を一枚の絵と成し得たすごさを感じます。
顔の部分はもちろん「真」です。
身体や衣服は「行」で、
手や髪の毛は「草」。
(こんな見方はわたしの本当に勝手です)
肖像画は、
見て直ぐその人とわかることですが、
ヒュークスの肖像画はその人の人柄が表れていることに加えて、
画家がその人をどのように考えていたか、
彼の想いが胸を突きます。
ケネディしかり。
キャサリン・ヘップバーンしかり。

ヒュークスの描いた絵本の原画を見て、
その大きさにも驚き、
質の高さに一層豊かな気持ちになりました。

野外の木々を抜ける光を抜きで表現しているその技は、
久保田一竹さんの作品である振り袖の数々に匹敵する香りがあると、
わたしは思うのですが。

趣味のお話でした。
posted by バンナイ at 16:36 | あれこれ

2014年03月25日

錬金術の入り口に立てた夢療法家養成講座第5期修了式

修了式を迎える度に、
いつも思うのですが、
「今回のクラスが最高だ?!」と。

自画自賛に聞こえるでしょうか。
自分を認めることが難しいこのわたしが、
何ともうれしいことに今回もそう思いました。
22日に修了式を迎えたこのクラスでは、
掛け値無く後世に残るだろうケース研究を手掛けることが出来ました。

養成講座ではケースを持ちます。
今回扱ったケースの中に、
夫婦間のテーマが複数あったのです。
だからといって、
世間的に見て、
扱ったケースの夫婦に特別大問題がある訳ではありません。
極ふつうの仲の良い夫婦です。

夢で夫婦の間を考えることは、
夢を勉強して行く上でかなりな前進です。
そしてこれこそが夢を勉強する最終目的になります。
心の統合を叶えるには異性との関わりで、
成長に向けて、
自分がどんな学びが必要か、
統合という錬金術のどの位置にいるかを知る必要があるからです。

いままでもこのテーマは話し合われたことはありましたが、
多く人は夫婦間のことを話したがりません。
「わたしたち夫婦は格別仲が悪い訳でも無し」で、
それ以上を語る人はまれでした。
それが今回はケース研究として、
その問題を扱えたのです。
時代も熟れ、人の心も熟れて来た証明です。

具体的な内容についてはいつものようにお話しできませんが、
長年連れ添った夫婦が更に密に関係を深めるために、
複数の方々がご自分の夢に添ってその話をして下さいました。

それにしても今回の受講生はこのレベルに達っしていたので、
夫婦のあり方をテーマに扱えたのだと思います。

受講生自身が人生の大問題に向き合っていたからです。
夢は夢の方からその大問題に食らいつくようにと夢を見させます。
受講生の覚悟を試してくるのです。
当日最後のセッションでは、
一分の隙も無く果敢に挑むようにと、
夢が提示してくる課題に、
危ういところで踏みとどまれたというワークになりました。
その強さが今回の受講生にあったのです。
という訳で今回も最高のクラスとなりました。

DSCN5868.JPG

DSCN5870.JPG

修了式の写真です。


posted by バンナイ at 09:48 | あれこれ

2014年03月08日

東大寺戒壇院広目天像と結婚生活

5、6日に奈良に行きました。
恩師森下敏雄教諭が2月6日亡くなり、
ご遺族のご意向もあって葬儀に出席せず、
1ヶ月遅れの命日にご挨拶したいと、
終の住処となった奈良のマンションに伺いました。

今回の奈良行きは、
伊佐治医師につないで下さった森下先生への霊前へのご挨拶と、
夫の絵が飾られているいさじ医院に伺うのと、
余地があれば奈良見学をと考えていました。

5日は雨で、
天気女のわたしは、
「では、この雨が用意してくれている贈物はなに?」と、
逆にワクワクしていました。
本降りにはならないシトシト雨の中、
田んぼの真ん中のいさじ医院に行ってみると、車が一杯。
大忙しの伊佐治先生は勤務の合間を縫って、
森下先生の病気の経過や生前の様子を説明して下さり、
そして夫の作品展示を記念して、
写真撮影を自らやって下さったのです。

午後、娘さんは何故か東大寺に連れて行ってくれました。

DSCN5749.JPG

薄ら寒い雨の水曜日、観光客は少なく、
これが幸いして、
仁王像は幻想的で墨絵そのもの。

DSCN5748.JPG  DSCN5747.JPG

息を飲むほどの圧巻でした。

日本画を描いていた頃、
この仁王像を題材に絵の具を抜いて行く技法で作品にしたことがあります。
それを屏風に自分で表装してと楽しんでいたのに、
その後の流れで途中で放り出した思い出の仁王像です。
はじめて本物と対面できました。

本殿を抜けて、戒壇院に向かいました。
砂の庭を抜ける人影はひとりもなく、
見学者はわたしたち森下先生の奥様と娘さんとわたしたち夫婦だけ。
お堂の中もわたしたちだけ。
すぐに四天王が目に入りました。
左手奥にお目当ての広目天がおいでです。

そこで配したお顔はどれだけわたしたち夫婦を驚かしてくれたことでしょう。
先に記事にしたシャバンヌの人物像そっくり。
色目もデフォルメ具合も。

戒壇院の広目天は多くのカメラマンを魅了しています。
何十年も前そんな写真を幾枚も見て、
想像できた仏像は、
これぞ仏師の手によるものではないかと深く心打たれました。
いつかは実物を拝見したい。

夫にはじめて出会ったのは、1990年の6月。
わたしは入院患者の付き添い家政婦で、
夫はオートバイ事故で入院する患者としてでした。
その病院には憩いの場所として喫茶室がありました。
3、40人は座れる椅子が並ぶところなのに、
そのときはふたりだけだったのです。
「何をしている人ですか?」
「イラストレーターです。」
「どんな絵を描かれますか?」
「これです。」と、
そのとき浴衣に松葉杖の彼は自作の写真集をテーブルに乗せたのです。
その分厚いファイルにはリアル系の絵が何十枚と挟んであり、
そこに件の広目天が鋭い目で前方を眺める頭部だけの絵を見つけたのです。
背景は海の波が凪ぐでもなく荒れるでもない波頭を見せていました。

この絵を見たい。
その思いが彼と近しくなるきっかけでした。
その絵の印象は、これほどまでに表情を描ける人とは、
余程強い思いが絵に込められる人なのだろうという、
いまでも不思議な感情でした。

その後この絵についてはふたりで随分話し合いました。
彼の長所にして得意分野のこと。
絵描きとしてこれから克服すべき点について。
ふたりの考え方には違いがありましたが、
いつかは本物を見たいという思いは一緒でした。

彼も実物を見ずして、
写真から受けた感動を絵にしていたのでした。
いつかはじかにお顔を配したいと思いながら、
20年以上経てしまったのには訳があります。
お堂の中で実物を拝しても、
必ずしも写真で受けた感動以上のものは期待できないのではないか。
暗がりで照明もないところで拝見しても、
手元不如意なわたしたちには犠牲が大きすぎると思ったことでした。
そんなあきらめをよそに、
恩師の娘さんがポンと機会を下さったのです。
「連れて行って下さるならどこへでも」という、
主体性のないわたしたちを連れて東大寺へと。

写真にはない、白緑の地肌をした広目天さん。
どのカメラマンの写真にもない、
白地に草色を足した地色の広目天さん。
その地肌には丁度頃合いの良い照明が当たって(?!)、
陰影うすくこの世の三次元を超えた存在として、
広目天がお立ちでした。
予想に反して、戒壇院の四天王は現代の照明の中にお立ちでした。
そのことが一層次元を超えた存在と思わせる効果を効かせていました。

東大寺を後にする車中で、
興奮のあまりわたしはわたしたちのなれそめと、
戒壇院の広目天がどれほどわたしたちをつないで下さった仏様かをお話し、
すぐにホテルで休みたいと送って頂きました。

次の日、天気予報は晴れなのに、
秋篠寺では太陽光線の差した景色の中、
細かい雪が長いこと舞っていました。

DSCN5751.JPG


DSCN5752.JPG


そして、浄瑠璃寺でも積もるのではと思うほど雪が舞っていました。

いさじ医院での夫の絵は、
セッションルームでの様子より存在感がありました。

感動のあまり、忘備録として先日の出来事を記事にしました。

先程散歩で出会った富士山です。

DSCN5788.JPG


posted by バンナイ at 18:29 | あれこれ

2014年02月12日

シャヴァンヌの夢の世界

昨夜「シャヴァンヌ展」を観てきました。

夫がポスターの絵を見て、行きたいと言い出したのです。
わたしはその絵に、
わざわざ見に出かけるほどの魅力を感じませんでした。
しかしどうせついでなので、一緒することになるだろうと、
そんな程度でした。

会場に着くと、
彼はポスターの絵にまっすぐ突っ切って行きました。
本職なんだなぁと感心しながら、
わたしも初期作品をざっと眺めながら、
これならやっぱりギュスターブ・モローで充分と思ったものです。

ところが「祖国のための競技」を見てその考えが変わりました。
その部屋にはポスターになっている、
「諸芸術とミューズたちの集う聖なる森」も飾られています。
シャバンヌの芸術はこの色の世界なのだと納得し、
存在理由が分かった気がしました。
実物の力に圧倒されました。

わたしたちふたりは世間の評価ではなく、
自分の好みで絵を鑑賞してきました。
今回もシャバンヌについては何も知らずに、
ポスターの絵が気にいった夫について来ただけのわたしです。

不思議な色の世界、構図の取り方の絵です。
この絵が示す世界はどこ?
この品性の高さはどこから来るの?
どうして光があって影が無いの?
どうして全てが静寂なの?

思いついたのは夢の世界でした。
夢から覚める時、顕在意識に移行するとき、
運が良いと夢の世界の美しさをまぶたに残しながら目覚める時があります。
目覚めた後、あら残念!
あんな美しい世界にいたのに。
なんでこんなに淀んだ世界に戻って来てしまったの?
そんな経験を思い出しました。

シャバンヌの作品は多く壁画です。
それもあろうことか(これはわたしの常識を超えているというだけのこと)、
キャンバス地に油絵です。
画かれている人物は、
わたしの印象では、ギリシャ時代を彷彿とさせます。
解説では時代を超えた衣装とのことでしたが。
これも夢の世界を想像させます。

シャバンヌや絵についての解説はひと通り見聞きしましたが、
やっぱり何も知らずに絵を観て、
そこから夢と同じ世界を感じ取れたことは感動でした。
静かなあとに残る感動です。


posted by バンナイ at 15:39 | あれこれ

2014年02月07日

いばら姫」から夫婦の会話とその後

1月26日に、関西福祉大学教授 半田 結 による
「おとぎ話とこころの成長」講演会が開かれました。
ご出席下さった方々は、お帰りになった後、
この講演内容をどのように消化されたでしょう。

この会場には4組の夫婦がいました。
これは異例なことです。
今年は夫婦和合の年、
バランスを心掛ける年なのでしょう。
女性性の時代を超えて、
男性女性のバランスを旨とするようにと、
宇宙の意向を読んだように思ったことでした。

今回取り上げたおとぎ話は「いばら姫」でした。
この話の「一番魅かれた場面」を絵にするようにと、
講師の指示でワークがはじまりました。

「一番魅かれる場面」を無邪気に拾う作業は楽しいものでした。

わたしは話の最初の場面、
お妃がザリガニに、
「お前の望みは、まもなくかなえられるだろう。」と、
言われるところを絵にしました。

196.JPG

隣の夫が何を選んだかを聞いて、
びっくりしました。
彼は、「美しいいばら姫の噂を聞いて、
王子たちがやってきて、
王女を助け出そうとしましたが、
やぶを通り抜けることは出来ませんでした。
いばらがまるで手のようにお互いにかたくからみ合っていて、
王子たちはいばらに引っ掛かって動けなくなり、
みじめに死んでいきました。」
というところだそうです。

196-b.JPG

夢の専門家であるわたしは、
この選択で彼の心中が透けて見えたようで、
ほっとしました。
これで彼は一歩前に踏み出せると思ったのです。

でも、この選択を彼はどのように受け取っているだろうかと、
2、3日後に訊いてみました。
(わたしが運転し、彼が助手席にいるドライブ中のことです。
ふたり共顔を見合わせず話が出来ます。)

「『いばら姫』を読んで、10人いたら10人、
王子たちが死んでしまうところを選ぶとは考えられないんだけど。
百人いてもひとりもいないと思うわ。
千人いたらもしかしたら、ひとり位いるかもしれない。
でも、正直1万人にひとり位に珍しい選択だと思うのだけれど。
なんでここを選んだの?」と、訊いてみました。

彼曰く、
「だって王子たちが惨めだと思ったのさ。
辛いだろう。
絶望だよ、先に望みも無いし。
無力感、自分には力が無い。
何も出来ない。惨めさ。
存在理由の無さ。
これで終わっちゃうのか。。。。。。
惨めで辛いね」

言っているうちに、
少し力が入ったようでした。
これまで彼が抱えて来た心の重荷を、
死んでいった王子たちの身を思うことで、
吐露していたのです。

そこで、
「どんな感情が浮かんだの?」と、訊いてみました。
「感情は無いよ。」
重ねて、
「惨めで辛いだろうと思うのに感情は無いの?」

「感情は無いね。」
見事な答えです。

「惨めって悲しいでしょ?
辛いって悲しいでしょ?
悲しいって感情じゃないの?」

「あぁ。。。。
。。。。。そうだね。
そう言われれば、悲しいよね。。。。。。
自分が何も出来ない惨めさって悲しいよね!
。。。泣けるよね。
悲しいんだね。。。。。」

この数年、彼はじっと無力感を抱えかたくなでした。
その自分にいま向き合い、
自分を慰めているのです。

誰に指摘されるでもない、
そんな自分に直面の場面を、
このワークで彼は自分にこしらえ、
自分で自分を癒していきました。
彼は自分の感情を味わうことで、
学びを得たのです。

この日が28日だったでしょうか。
29日には恩師を看て下さっている主治医が電話をくれて、
恩師は後1週間ほどだと聞かされました。
看病中の娘さんに電話をしたら、
父親は意識が混濁しているけれど、
夫が描いた肖像画を見せると正気に戻ると話してくれました。
そして、しばらくして正気の恩師と夫は電話で話が出来ました。

夫の持てる才能が一番花開いた肖像画で、
画家冥利に尽きるうれしい反応を、
恩師自らが夫に示してくれたのです。

電話でのやり取りは後で聞かされたのですが、
それを話してくれる夫のまぶたはいつも以上に腫れぼったく見えました。

昨夜(2月6日)その方が亡くなりました。
みんながみんな覚悟していた死でしたから、
本当にご苦労様の気持ちと、
感謝だけが胸一杯に迫ります。

淡々とした日常ですが、
奇跡の流れ、
感情の浄化と癒しの流れです。

「おとぎ話とこころの成長」のお話でした。


posted by バンナイ at 14:00 | あれこれ

2013年07月01日

閉経は新たな人生の始まり・補足

「閉経は新たな人生の始まり」の記事について、
二、三続きが読みたいと感想を戴きました。

とはいえ、残念ですが、
この続きをまだきちんとした文字にできません。
前回も今回もわたしのメモ程度です。
それでも感想を戴いた方々の切羽詰まった心情を鑑み、
ここにメモのメモですがお目にかけることとしました。

そこでこれからを、
「閉経は新たな人生の始まり」とする為に、
この時期やる必要のあることをお話しましょう。

それは瞑想です。

がっかりしないでくださいね。
閉経後は実り豊かな時間です。
これは体験から云っています。
その実りを得る為には、
自分のエネルギー状態を意識していることが条件です。
それで瞑想が必要になります。
かといって、難しいことではありません。

瞑想という、
摩訶不思議な時間を設けて、
身体の声と心の声に自分を開いていきます。
言葉にしにくい行為です。
だから、瞑想はいい加減で良いとわたしは思っています。
でも、人生を豊穣で閉じるにはいい加減でも、
瞑想は必要です。

そこで、何故瞑想なのかの概略をお話しして、
「閉経は新たな人生の始まり」の補足とします。

閉経時の49歳前後に自然発生的にクンダリニーが上昇します。
これは今は亡き瞑想の教師にして、
夢が自己探求のツールだと「ドリーム・ブック」を著した、
ベティー・ベサーズ女史の言葉です。
女史は云います。
人は自然発生的に人生で二回クンダリニーが上昇すると。
このことを知ったわたしはまだその歳には7、8年を待つところでしたが、
すでに卵巣を両方とも切除していました。
それでも自然発生的なクンダリニーの上昇はあると、
信じて疑いませんでした。

思春期誰もが自分の身体と心の急速な変化に戸惑います。
先人の大人たちはその説明があいまいです。
その所為で、劇的な身体の変化がクンダリニーの上昇によるものだとしても、
それを意識せずにやり過ごしてきました。
また、無為にやり過ごしても不自由を感じませんでした。
かえって、コントロールはできないものと思っていたかもしれません。

7年(細胞の生まれ変わる年月)の7倍の49歳、
(注:正確に49歳という訳ではなく、その前後と受け取ってください。)
再びそれがあると知ったのです。
それを無為にやり過ごすことの無いようにしようと考えました。

49歳で本当にありました。
一時期脊柱の付け根付近からエネルギーがゆっくり燃え上がるのを感じます。
たった一回という訳でなく、
精妙ですが、力強いエネルギーの上昇をある期間感じます。
これは平たく云えば、
性的うずきとして体験しました。
とても幸せな体験です。
相手に感じるという訳でも、
相手が必要というそういう訳でもありません。
強いて云うなら、肉体に収まっているこの不思議な恩寵を、
この体験の中で至福として体験しているのです。
思春期の体験を思い出せば、
予想はつくことでしょう。
(勿論中身は違います。)

これを感知することで、
実現したい夢に向かって歩み出せる自分に気付きます。
この夢は世間に向けた大層なものではないかもしれませんが、
心の安定や成熟を目指した本物の夢です。

これをやり過ごさない為に、
感知できるからだと心を作る為に瞑想をします。
思春期はクンダリニーの上昇を意識しませんでした。
しかし、心の成熟をめざすなら、
意識的でいたいものです。
意識的でいれば、このエネルギーを使えます。

瞑想状態に身体を静かにすると、
自分のエネルギー状況が分かります。
どこがどのように障っているかが分かるので、
その結果エネルギーと交流ができます。

閉経を待たず、
瞑想を始めます。
これは習慣にします。
やりたくない時もあり、
怠惰もまた自分に許し、
はじめはだましだまし取り組んでも、
瞑想が快感だと知るようになると、
習慣化できます。

そして、瞑想の中で具合の悪さが消えていく体験をすることがあります。
心も身体も自分の思いひとつだと納得できて、
両方が自分のコントロール下に収まります。
49歳のクンダリニー上昇のとき、
この体験を膝をついて味わいました。
これこそわたしは、
わたしの神との間でエクスタシーを体験したと考えています。
性なるものの聖なる体験とわたしは考えています。
静かで妙なる体験ですが、
断固として力強いものでした。

わたしたちは食べてエネルギー補給をします。
肉体には食物を与え、
心には静まるときという瞑想(心の栄養源)を与えます。

これを習慣にすると、
老成するからだとは違って、
成熟していく心を体験します。
地道で忍耐のいる業ですが、
ここから本当の人生が始まります。
やってみる価値はあると思います。

さて、今日はここまでとしましょう。

この続きはまたの機会に。

(注:以前にお話ししたことですが、
沖縄には「男は政(まつりごと)、女は神事」と言う言葉があります。
閉経後の女性の役目はこの神事に関わることだと私は考えています。
儀式としての神事ではありません。
神意を生きるために神意をキャッチすることを指します。)


posted by バンナイ at 07:16 | あれこれ
  • (c) Kazunori Keiko Bannai All Rights Reserved
  • Home