画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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2014年12月30日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く12

今年最後のブログアップになります。
これを読んで下さるみなさま、ありがとうございました。

わたしは今年後半から息切れ状態が続いています。
外側は代わりのない毎日なのに、
心模様はより強固になるよう促されています。
心を揺らしてもそのことが更に芯を強くしてくれているのは感じますが、
「ちょっと休みたい。ちょっと勘弁してよ。神さま!」状態です。
それはそれとして希望はますます強く大きく、
将来への展望は輝きを増しています。
その気持ちの高揚をもたらしてくれたのが、
5月から始まった本づくりでした。
タイトルは仮ですが、
『夢療法〜人生が輝く夢の読み方活かし方』
コスモトゥーワン
1月下旬か2月に店頭に並びます。
良いお年をお迎え下さい。


では、「グリム童話『いばら姫』を夢と解く10」('14/12/16) の続きに。

12
そして王子は進んでいきましたが、
王子がいばらのやぶに近づくと、
一面に花が咲いていました。
それが分かれて、
王子がそのあいだを通っていくと、
うしろはまたいばらのやぶになりました。
こうして城の中に入って行くと、
中庭では馬が横になって眠っていました。
ぶちの猟犬も眠っていました。
屋根の上には鳩がとまって、
頭を羽の下につっこんでいました。
中へ入っていくと、
蝿が壁にとまって眠っていました。
台所の火も料理番も女中も眠っていました。
さらに奥に入っていくと、
家来たちがのこらず横になって眠っていました。
もっと先に行くと、
王と妃が眠っていました。
あまりに静かで、
自分の息が聞こえるほどでした。
そしていよいよ古い塔のところへやってきました。
そこには、いばら姫が横になって眠っていました。


これまでの解説に倣って、
王子がいばらのやぶに近づくと、
一面に花が咲いていました
」のところを考えてみましょう。
進取の気概ある王子は、
こまごました手順や約束事やあれこれを、
丁寧に取り組んで行くと、
花が咲いているのを目にするのです。
つまり、自分の目的(自分の異性と出会うと言うこと)が
ちゃんとわかっていて、
自分がすべきことをおろそかにせず、
一歩一歩進んで行くと、
世界が花開いて見えるのだと納得しています。
「花が咲く」とは神さまからの承認とも受け取れ、
目に移るものがみな美しく見える心情を言います。
つまり、王子はこの道程を美しいもの、
ありがたいもの、感謝の念をもって見ることが出来ています。

では、ここでも卑近な例えを使いましょう。
結婚したいという人がその目的を実行に移そうとすると、
結婚相談所に行ったり、
知人友人にその意を知らせたり、
あるいは心身を整えるために勉強したり、
施術をしてもらったり。。。。
目的に真っすぐに辿り着くかどうかわからない手順が必要になってきます。
訪れた先の結婚相談所の係員がどのような人で、
その仕事をどう思いながら従事しているのだろうか。
嬉々として話を聞いてくれてほっとした。
「良い人がいたら紹介して」と頼んだあの人は、
意外に熱心に受け止めてくれて安心した。
いつなんどきそんな人が表れるかもしれないので、
いつでもお目にかかれるように体調を整えておこう、などなど。
まわりの様子を観察しながら、
この道程を楽しむ余裕が欲しいものです。
王子の態度はそのようだったと思われます。

王子が自分の道を進んで行くと、
うしろはやぶになります。
薮で塞がれれば前にしか進めません。
後退の道はないのです。
前進をはじめたら後退はあり得ない。
王子は覚悟を決めています。

結婚願望の方々は、
直ぐに後退をはじめます。
「結婚しなくても人生だし、
高が相手を捜すだけのこと。
こんなに苦労するとは割が悪い」、
前進しない言い訳は直ぐにでも考えつきます。
前進し続ける覚悟ができません。

自分で一旦決めたことは、
前進し続けるだけだと腹の決まった王子は、
うしろが薮になって戻れなくても驚きません。
だから城に入ることができました。
城の中では息あるものすべてが眠りこけています。
城の内も外も脈動するすべてがいのちを生きず、
魂を眠らせている訳です。
自分の半身の女性性も魂を眠らせている状態です。
古い塔のところまで王子は行き着くことで姫を見いだします。

古い塔というのは、
第六チャクラと第七チャクラの高い霊性を指します。
ここは第4チャクラのハートセンターを昇り抜け、
自分の辿る道は自分を明かす道だと、
確信を持った第5チャクラを抜けて辿り着ける霊性を言います。

まとめると一旦決めたことは迷わずやり抜くことですが、
道々の景色を眺めやることで、
自分がいかに愛された存在かを実感できて前進します。
それが確認できれば、
これまでの過去の道が閉ざされていることなど気になりません。
前進し続けることで視野を広げることができ、
自分の人生を大局的に考えられるところに到達したからこそ、
伴侶に出会うことができたのですから。

結婚したいと言う動機が、
はじめはどうあれ、
深く考え抜き、
それを行動に移し、
さまざまな体験を通り抜けるうちに、
その動機そのものが、
深く霊性に則った望みであったと合点できたとき、
ふさわしい伴侶である半身に出会うということのようです。

ーつづくー


posted by バンナイ at 21:03 | 夢のメッセージの取り方

2014年12月16日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く11

「グリム童話『いばら姫』を夢と解く10」('14/12/3) の続きです。

本題に入る前に近々出版となる本の話をしましょう。
現在購入戴ける坂内慶子の夢解きの本がありません。
それがやっとお届けできることになりました。
とはいえ出版は来年1月下旬から2月に掛けてです。
出版社はコスモトゥーワン(http://www.cos21.com
タイトルは仮ですが、
『夢療法〜人生が輝く夢の読み方活かし方』です。
多くの方々に平易に夢を理解していただけるように、
また夢を日々に活かせるようにと心砕いて本にしました。
楽しみにお待ちいただけたらと願っています。

では、「いばら姫」の話に。

11
あるとき、ひとりの王子がこの国を旅してきました。
その王子にひとりの年寄りが、
このいばらのやぶの向こうに城があって、
とても美しいお姫さまが、
城じゅうの家来とともに眠っているというという話をしました。
またその年寄りがおじいさんから聞いた話では、
これまでにもたくさんの王子がやってきて、
通り抜けようとしたけれど、
いばらに引っ掛かり、
棘に刺さって死んでしまったということでした。
「そんなこと、
ぼくはこわくはない」、
王子は言いました、
「やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう」。


この「いばら姫」の物語が伝えたい大切ことが、
「そんなこと、
ぼくはこわくはない」

と、いう言葉です。

この言葉がどれほど重要かを、
これからしつこく説明しましょう。

人生はチャレンジです。
変化を恐れていてはチャレンジはできません。
チャレンジが無ければ変化もなく、
変化が無ければ成長もありません。
成長がこの人生の意義で、
冒険を求めて成長して行くのがこの人生の目的だからです。

そこでこの「ぼくはこわくない」という言葉が重要になります。
冒険はそれまでと違う世界に自分を投げ入れることです。
誰でも挑戦するには王子のこの言葉までの段取りが必要です。
その段取りがなくて挑戦しても上手くいかないでしょう。

この王子が成功に至ったのはここでこの言葉が口からでたからです。
この言葉を発せられるだけに充分に準備が整っていたからです。
この言葉を発せられる心境になってはじめて挑戦が可能だからです。

人は挑戦を怖がります。
夢の勉強に取り組んで、
夢の伝える意味を汲むのはそれに比べて簡単だし、
わかり易いし、だから納得もできます。
自分が取り組むべきは「成る程これなのだ」と、
いくつかの夢の意を紐解けばわかってきます。
けれどいざ夢のメッセージを行動に移す段になると怖じ気づいて、
それまでの勉強を活かすことが出来ません。

どうして挑戦を、チャレンジを、
あるいは変化を怖がるのでしょう。
もちろん変化を許すとは、
慣れ親しんでいない状態に適応できる自分を信じることなのですが、
ここで多くの人は足踏みするばかりとなります。

一歩を踏み出すことが出来ません。

そこで、この王子を見習いましょう。
王子はまず挑戦に先立ち何をしたでしょうか。
彼は自分の国から出て、
知らない国を旅してやってきました。
あるとき、ひとりの王子がこの国を旅してきました。」を、
たくさんの国を旅していた途中にこの国にやってきたと読んでみましょう。
自分から問題に挑む心の筋力をつけるには、
知らない世界を知ろうというオープンな心が必要です。
これを読まれて、
それはむずかしいと思われ、
オープンな心を自分は持つことはなかったと思われますか。
わたしたちは学校に行くことで、
小さいながら他国への旅をしてきました。
人の集まりの枠が変わると、
価値観も評価も変わるものだとどこかで気付きませんでしたか。
幼稚園、小学校、中学校、高等学校、大学と枠はどんどん変わります。
そのどこかで人の評価は枠に依って変わるものだと悟ったでしょう。
これは大切な悟りです。

たとえいじめにあったとしても、
それはその枠だけのこと。
枠から出てしまえば、
いじめは追いかけてきません。
記憶だけがいじめをあったことにします。

「旅」に込められた象徴は、
このようにひとつの体験に執着しない心構えを教えています。

次に、挑戦するための課題に出会って行くのですが、
王子は情報収集が的確です。
情報提供者は「年寄り」です。
男性で人生を長く生きてきた人生の先輩です。
年寄りは「その年寄りがおじいさんから聞いた話」までしてくれます。
これは情報が確かなもので、
長い年月に依って精査されているという暗喩です。

情報提供者は男性性の優れた者である必要があります。
つまり挑戦するには、
その課題を男性性の特徴である分析的に順序立てて理解する必要があります。
ちなみに余談ですが、
夢ではこの段階を咀嚼や料理として場面構成をする場合があります。

王子が知る必要のあることは、
美しい姫がお城の中に眠っていること。
つまり直面すべき、獲得すべき課題は、「美しいお姫さま」です。
美しい」とは恩寵深い存在だと言うこと。
お姫さま」とは自分の片割れ。
異性のこと。
つまり、自分が統合すべき恩寵深い半身の存在です。
その存在に気付く必要が無ければ、獲得という冒険、
つまりチャレンジは出来ません。
異性が大切で、
それと直面することが大事だと納得できたのがこのときの王子でした。

何故納得できたか?
その情報が年寄りから自分に向けてもたらされたからです。
ここで言う年寄りに込められた意味は智慧のことでしょう。
年寄りとは、
この世への欲も得も遥かなものになった人のことです。
年寄りとは、
欲を超えて智慧を後世に伝える存在です。

智慧あるものは言います。
挑戦者はこれまでにたくさんいたと。
これで挑戦に失敗したものの情報を王子は得ていたことがわかります。
失敗の原因は、
いばらに引っ掛かり、棘に刺さって死んでしまった」からです。
いばらの棘とは何でしょう。
道を塞ぐ雑多なことごと。
道々こまごまとした煩わしいことがいくつもありますす。
人生の道を歩いているつもりが、
その雑多なことに気を取られ、
本来の目的、霊性を磨き成長して行くことという目的を忘れます。

例え自己の伴侶に出会ったとしても、
本来の目的を忘れてしまえば、
その伴侶は「美しいお姫さま」ではないことになります。
人生の目的を知ることが無ければ生きて死んでいることと同じです。

しっかりした真実の情報を得ることのできた王子は言います。
そんなこと、
ぼくはこわくはない
」と。
「こわくない」と言えるのは怖いことを知っている証拠です。
怖いことを視野に入れながら、
怖いことに油断せずにいようと自分に言い聞かせることが出来てはじめて、
「こわくない」と言えます。

ここまでを卑近な例でお話すると、
夢のメッセージを行動に移す前に、
多くの人は年寄りが心の中に存在させられていないように思います。

「年寄り」とは繰り返しますが、
欲得なく霊性だけで判断できる分析力のある智慧を言います。
例えば、結婚したいと言う願望は霊性の願いです。
この霊性の願いを霊性が望むことだから叶えようとすれば、
「年寄り」の登場を待たなくてはなりません。
しかし結婚願望を霊性の願望と考えることが出来ません。
結婚したいと言う願望が出てきても、
「年寄り」の登場を待たずに、
子供の要求と考えたりします。
すると子供ですから恐怖のままに結論を出したがります。
幼稚な子供のまま、
出来る訳が無いとか、
異性が怖いと短絡的に考えるだけで、
願望を形にしようと挑む姿勢を取れません。

「年寄り」は王子の願いを叶えるためのサポート役を務めます。
その為の年寄りの側面をしっかり打ち立てなければ、
成長のための挑戦には出られません。

多く人はこの挑戦の前で足踏みをし続けます。
そうなると考え深くさせられる失敗もない代わり、
成功はもとよりありません。
何もしないと言う選択は感性を鈍らせることになります。

やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう
」という王子の言葉には、
彼が挑戦し続ける間目的を忘れないと言う決意を読み取れます。

「やぶ」の中では、視界が悪くなります。
視界は目に見えないと言う意味ですが、
それは比喩で目的を見失うという意味でもあります。
「やぶ」をかき分けている間に目的を見失う訳です。

結婚したいという思いを叶えるには、
世事に疎くては実行に移せません。
枝葉末節と思えることにも忍耐と努力が必要になります。

やぶをかき分けて、
美しい姫を救い出してこよう
」と言う言葉の前半で、
自分のやるべき目の前のことを自分に言い聞かせ、
後半で目的が叶ったときのイメージを確認しています。

今回は冒険の前にすべきことをしっかり並べてお話しました。

ーつづくー

posted by バンナイ at 15:25 | 夢のメッセージの取り方

2014年12月03日

グリム童話『いばら姫』を夢と解く10

「グリム童話『いばら姫』を夢と解く9」('14/10/17) の続きです。
長く間を空けてしまい、
続きを楽しみにして下さっている方々には申し訳ありません。

天の鳥船庵は、
お陰さまでご加護をいただき平安に静かに過ごしています。

昨日今日は強い風が吹き、
空は晴れ渡りいわゆる日本晴れ。
富士山は稜線をきれいに裾まで広げ、
白雪の冠は誰に取っても丁度ではないでしょうか。

夢の情景や風景構成法で晴天をクレヨンで描くとき、
青空だけでは物足りないと、
白い雲を描き足したくなるときがあります。
そこで綿雲を描きたして、
気分が安定するのを覚えます。

あるときテレビで気象予報士がそれを「へそ天」というのだと話していました。
雲ひとつない晴天は、
今日のように強い風がセットになっているのだそうです。
穏やかな晴天には雲がひとつ。
そのひとつの雲をへそというのでしょう。

自分が密かに感じていたことと、
気象予報士の解説が重なって、
気分てすごく科学的なんだと感心した思い出があります。

自分の目標や取り組む課題がわかったら穏やかでいられます。
たとえそれが難問だとしてもです。
景色全体はよく見えていますし、
高々一片の白雲ぐらいと思えば良いことですし。

それが晴天の白い雲なのだと合点したのでした。

ところで先日、
青空をバックに葉の落ちた灌木の上を白雪が舞う夢を見ました。
この夢のなかにいながら、
過去の情景と今の状態と未来の約束を、
心に浮かべながら、
夢からゆっくりとこの世に戻ったことでした。


この時代を生きるわたしたちへの指針を『いばら姫』に見ています。
では、続きをはじめす。

10
美しいいばら姫のことを聞いて、
王子たちがやってきて、
王女を助け出そうとしましたが、
このやぶを通り抜けることはできませんでした。
いばらがまるで手のようにお互いにかたくからみ合っていて、
王子たちはいばらに引っ掛かって動けなくなり、
みじめに死んでいきました。
このようにして長い長い年月がすぎました。


この世の価値観どっぷりの姫を助けるには、
異性の若者でなくてはなりません。
王さまは男性ですが、
一国一城の主です。
この王さまは国民を統べる(この世で生きる)ことに邁進してきました。
そんな日々を長く生きているうちに、
彼の統治すべき国と統治に費やした時間が、
現実世界に過度に適応させ、
男性性の大元(王さまで象徴するひとりの人間の中心を成すところ)の
霊性を忘れさせる方向に誘ったのでしょう。
その表れが理想通りに育った姫の存在です。
姫の美しさはこの世の基準が定めるものに依っています。
王さまも姫もすべてがこの基準で生きるという姿勢が、
ここの意味です。

まわりを見回すとこうした価値観で動いている人が目に入ります。
この物語は、それでは魂は眠っているのと同じと説きます。

姫が持っている別の面(=内面)の美しさを引き出すには、
王さまの価値観とは違う自分独自の考えを持つものの助けがなくてはなりません。
まだこの世の価値観どっぷりでない未完の男性性が必要です。

美を求めるための無邪気な探究心は若い男性性の強い表れです。
一方、美は女性性の表れです。
ひとつのスピリット(魂)が心の中の美にたどり着くには、
いばらのトゲの藪の中をかき分けかき分け前進して行かなければなりません。
この地道な作業は男性に向きません。
連続した単調な行為で、
この世の見返りはないかもしれない行為に男性性は堪え難いでしょう。
いばらの薮をかき分ける行為は、
そんな平凡な日常を生きるための行為と似ています。
スピリットはこの日常の単調な生きるという行為そのものに内在する美、
つまり恩寵に気付くには、
美を求める探究心だけでは目的を達することは出来ないと、
この物語は伝えているようです。

求める気持ちは強くても、
単調な日々に恩寵の美を見つけるのは並大抵ではありません。
というわけで、目的を達せられない王子たちがみじめに死んで行きます。

では、どうしたら人生の美しさ恩寵に辿り着けるのでしょう。

それは次回に。

ーつづくー


posted by バンナイ at 20:25 | 夢のメッセージの取り方
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