5、6日に奈良に行きました。
恩師森下敏雄教諭が2月6日亡くなり、
ご遺族のご意向もあって葬儀に出席せず、
1ヶ月遅れの命日にご挨拶したいと、
終の住処となった奈良のマンションに伺いました。
今回の奈良行きは、
伊佐治医師につないで下さった森下先生への霊前へのご挨拶と、
夫の絵が飾られているいさじ医院に伺うのと、
余地があれば奈良見学をと考えていました。
5日は雨で、
天気女のわたしは、
「では、この雨が用意してくれている贈物はなに?」と、
逆にワクワクしていました。
本降りにはならないシトシト雨の中、
田んぼの真ん中のいさじ医院に行ってみると、車が一杯。
大忙しの伊佐治先生は勤務の合間を縫って、
森下先生の病気の経過や生前の様子を説明して下さり、
そして夫の作品展示を記念して、
写真撮影を自らやって下さったのです。
午後、娘さんは何故か東大寺に連れて行ってくれました。

薄ら寒い雨の水曜日、観光客は少なく、
これが幸いして、
仁王像は幻想的で墨絵そのもの。

息を飲むほどの圧巻でした。
日本画を描いていた頃、
この仁王像を題材に絵の具を抜いて行く技法で作品にしたことがあります。
それを屏風に自分で表装してと楽しんでいたのに、
その後の流れで途中で放り出した思い出の仁王像です。
はじめて本物と対面できました。
本殿を抜けて、戒壇院に向かいました。
砂の庭を抜ける人影はひとりもなく、
見学者はわたしたち森下先生の奥様と娘さんとわたしたち夫婦だけ。
お堂の中もわたしたちだけ。
すぐに四天王が目に入りました。
左手奥にお目当ての広目天がおいでです。
そこで配したお顔はどれだけわたしたち夫婦を驚かしてくれたことでしょう。
先に記事にしたシャバンヌの人物像そっくり。色目もデフォルメ具合も。
戒壇院の広目天は多くのカメラマンを魅了しています。
何十年も前そんな写真を幾枚も見て、
想像できた仏像は、
これぞ仏師の手によるものではないかと深く心打たれました。
いつかは実物を拝見したい。
夫にはじめて出会ったのは、1990年の6月。
わたしは入院患者の付き添い家政婦で、
夫はオートバイ事故で入院する患者としてでした。
その病院には憩いの場所として喫茶室がありました。
3、40人は座れる椅子が並ぶところなのに、
そのときはふたりだけだったのです。
「何をしている人ですか?」
「イラストレーターです。」
「どんな絵を描かれますか?」
「これです。」と、
そのとき浴衣に松葉杖の彼は自作の写真集をテーブルに乗せたのです。
その分厚いファイルにはリアル系の絵が何十枚と挟んであり、
そこに件の広目天が鋭い目で前方を眺める頭部だけの絵を見つけたのです。
背景は海の波が凪ぐでもなく荒れるでもない波頭を見せていました。
この絵を見たい。
その思いが彼と近しくなるきっかけでした。
その絵の印象は、これほどまでに表情を描ける人とは、
余程強い思いが絵に込められる人なのだろうという、
いまでも不思議な感情でした。
その後この絵についてはふたりで随分話し合いました。
彼の長所にして得意分野のこと。
絵描きとしてこれから克服すべき点について。
ふたりの考え方には違いがありましたが、
いつかは本物を見たいという思いは一緒でした。
彼も実物を見ずして、
写真から受けた感動を絵にしていたのでした。
いつかはじかにお顔を配したいと思いながら、
20年以上経てしまったのには訳があります。
お堂の中で実物を拝しても、
必ずしも写真で受けた感動以上のものは期待できないのではないか。
暗がりで照明もないところで拝見しても、
手元不如意なわたしたちには犠牲が大きすぎると思ったことでした。
そんなあきらめをよそに、
恩師の娘さんがポンと機会を下さったのです。
「連れて行って下さるならどこへでも」という、
主体性のないわたしたちを連れて東大寺へと。
写真にはない、白緑の地肌をした広目天さん。
どのカメラマンの写真にもない、
白地に草色を足した地色の広目天さん。
その地肌には丁度頃合いの良い照明が当たって(?!)、
陰影うすくこの世の三次元を超えた存在として、
広目天がお立ちでした。
予想に反して、戒壇院の四天王は現代の照明の中にお立ちでした。
そのことが一層次元を超えた存在と思わせる効果を効かせていました。
東大寺を後にする車中で、
興奮のあまりわたしはわたしたちのなれそめと、
戒壇院の広目天がどれほどわたしたちをつないで下さった仏様かをお話し、
すぐにホテルで休みたいと送って頂きました。
次の日、天気予報は晴れなのに、
秋篠寺では太陽光線の差した景色の中、
細かい雪が長いこと舞っていました。


そして、浄瑠璃寺でも積もるのではと思うほど雪が舞っていました。
いさじ医院での夫の絵は、
セッションルームでの様子より存在感がありました。
感動のあまり、忘備録として先日の出来事を記事にしました。
先程散歩で出会った富士山です。
posted by 天の鳥船庵 at 18:29
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