画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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2012年03月22日

今後にどう対処しましょうか

夢は、夢を見る人の全人格をひとつの夢に盛り込めるものですから、
夢をおいそれと他人様に話せません。
話してしまえば、心の中が丸見えです。

それに夢は予知的機能を備えていますから、
個人を通して日本の今後についての示唆はかなりはっきり語ってきます。
それはとりもなおさず、
わたしたちの今後を社会の動向に会わせて具体的に示唆している訳です。

という訳で、
みなさんの数々の夢から今後どう生きるか、
それをわたしなりに考えたその結果をお話しましょう。

この経済機構の破綻は避けることができないようです。
この社会が瓦解していくことも多くの夢は語っています。
そのはじまりであった去年の震災からは誰もが身構えて生きています。

これからはお財布に少し多めにお金を入れておいて下さい。
銀行からお金が引き出せない日に備えて。
大金が必要になる買い物はもうしないことです。

それから自分の為でなく袖振り合う人の為に少しの備蓄をしましょう。
傷ついて難儀している人にしばしの憩いと安心を提供出来る為です。

生き続けるのは選択です。
心の内に「生きる」を語りかけましょう。

お話したように貨幣は通用しなくなるように夢からは感じられますが、
このお金が通用しなくなるという体験が必要なのは、
わたしたち自身の心に巣食う他人との比較です。

他人と較べて自分を見ること。
上下で考える癖と投資の弊害は同じことです。

比較という心理作用から自由になる為に、現在の経済システムが瓦解します。
これは仕方の無いこと、招いたことです。
競争意識がその基なのですから。

誰もが自分の中に他に比較出来ない光りがあると自覚出来たとき、
大きく次元が変わるでしょう。

実は、まぎれもない美しい世界が直ぐ際迄来ていると、多くの夢が語ります。
共にあることが美しいと多くの人が気付いてきました。


posted by バンナイ at 12:16 | 夢活用法

今後にどう対処しましょうか

夢は、夢を見る人の全人格をひとつの夢に盛り込めるものですから、
夢をおいそれと他人様に話せません。
話してしまえば、心の中が丸見えです。

それに夢は予知的機能を備えていますから、
個人を通して日本の今後についての示唆はかなりはっきり語ってきます。
それはとりもなおさず、
わたしたちの今後を社会の動向に会わせて具体的に示唆している訳です。

という訳で、
みなさんの数々の夢から今後どう生きるか、
それをわたしなりに考えたその結果をお話しましょう。

この経済機構の破綻は避けることができないようです。
この社会が瓦解していくことも多くの夢は語っています。
そのはじまりであった去年の震災からは誰もが身構えて生きています。

これからはお財布に少し多めにお金を入れておいて下さい。
銀行からお金が引き出せない日に備えて。
大金が必要になる買い物はもうしないことです。

それから自分の為でなく袖振り合う人の為に少しの備蓄をしましょう。
傷ついて難儀している人にしばしの憩いと安心を提供出来る為です。

生き続けるのは選択です。
心の内に「生きる」を語りかけましょう。

お話したように貨幣は通用しなくなるように夢からは感じられますが、
このお金が通用しなくなるという体験が必要なのは、
わたしたち自身の心に巣食う他人との比較です。

他人と較べて自分を見ること。
上下で考える癖と投資の弊害は同じことです。

比較という心理作用から自由になる為に、現在の経済システムが瓦解します。
これは仕方の無いこと、招いたことです。
競争意識がその基なのですから。

誰もが自分の中に他に比較出来ない光りがあると自覚出来たとき、
大きく次元が変わるでしょう。

実は、まぎれもない美しい世界が直ぐ際迄来ていると、多くの夢が語ります。
共にあることが美しいと多くの人が気付いてきました。


posted by バンナイ at 12:16 | 夢活用法

2012年03月09日

足の不都合から学んだこと

これまでの半年、膝から下の不都合が続きました。
こうしてこれを記事にできる日が来るとは、
ちょっと思えない心境でしたが、
どうやらここに来て、
過去のことになりそうな光明が見えてきました。

はじまりは去年の10月1日。
セッションルームにしている部屋の外階段を下りるとき、
両足が曲がらない!

そのときは何気無い風を装って、
いつもを演技したものの、
朝目が覚めて布団から立ち上がるとき、
膝頭の痛いこと痛いこと。
あまりのことにこの痛みは生涯続くものと覚悟を決めたほどでした。

それから半年。
毎晩夫に両足のマッサージを40分程してもらっています。
これ以上は力を抜けないという程ソフトにソフトに。
一、二本の指先だけで。
弱った両膝のすじを下から上へ。
ふくらはぎから太ももへ、と。
ちょっとでも力を入れると痛いのです。
幸いピーナッツオイルが効いてくれました。
面白いことにこれをしている間、
夫は眠くなるそうで。

まだ、膝の痛みが中くらいに残っている頃の、
一月、松の内が開けた頃のことです。
後から考えると、
炬燵周りの布団の上を不用心に何気に駆け回っていて、
するりと足を着地させたのでした。
どこから?
布団に隠れた固いクッションの上から。

バランスを取っていつものように何事も無く。。。。。
のはずでしたが。
時間とともに、右足の甲が腫れてじわりと痛みます。

薬屋さんで調達した薬では効き目が無いのだと分る迄、
二、三日、
往生の悪い日々を過ごし、
決意して救急外来に駆け込んだ結果は、捻挫でした。
この診断が出る迄、
さらに数日、レントゲンにMRI検査にと過ごし、
骨折でなくて良かったと周りに云われ。。。。。

この捻挫の前、
去年の暮、
吐き気におそわれました。
諏訪一大事と救急外来に駆け込み、
運良く?
胃腸の風邪と医師にいわれたことがあります。

二度に渡る救急で、
夫のご機嫌は最悪!
彼の言分は「こんな緊張には耐えられない!」と。

で、性懲りのないわたしはこれで収まらず、
少し良くなった捻挫に気を良くして、
一月末またまた炬燵布団の上を飛び跳ねたのでした。

結果はふた晩も寝られない痛みのしっぺ返し。

さすがに、
この足の不自由さから、
わたしが正確なメッセージを受け取れていないのだと悟りました。

夢の専門家ですから、
当然夢のメッセージを考えますが、それだけでなく、
生活内からも受け取るべきものは何かをあれこれ考えました。
長引く症状からは受け取れてないことだけははっきりしたものの、
考えつくのは、胸に落ちて行かないものばかりでした。

さて、症状に見舞われる前の9月、
よせば良いのに、裏山の獣道の掃除に取りかかりました。
それが膝のスジを痛める原因だったようで、微かに記憶があります。
(掃除の最中に膝を支点に不自然な動作をしたのです。)
津波に襲われたら、
逃げられるように。
近所の方々も誘えるようにと雑草を取り除きたかったのです。

どうやら余計なおせっかいだったようで。

今回捻挫しなかったら、
蔦の絡まる不安定な山の裾を、
きれいにしようと更に計画したでしょう。
がれきや蔦の根に足を取られて捻挫では済まない骨折もあり得る作業です。

これもわたしのすることではなかったようで。。。。。

去年ははじめて自分で仕事を計画し、
それを実行しました。
まさにこれがわたしの天職。
分をわきまえず、
自分に任されていないところへ手を出したおしかりなのだと、
今回の不自由を通して、天意を知らされた思いです。

誰にも頼らず、
自分の足で、
棺桶に入るくらいの気概を持って、
この人生を終えるには、
これくらいのお叱りですんでほっとすべきでしょう。か。

いまは、やりたいことが明確です。
「志半ばでこの人生を終えることの無いように。
足元を確認して、前進する。」
身体あっての体験です。
これは、象徴的なメッセージではなく、
具体的現実的なメッセージです。
夢のメッセージは本来これほど迄に具体的です。

それにつけても、自分の鈍感にあきれます。

この半年、夢はからかうように空に浮かんで、
得意になっている夢が続きました。
メッセージは「地に足付けて」と大まかには取れるものの、
自分で自分に正確に直面する迄には気付なかったことになります。

子供の頃の大病と、
これ迄の人生は毎日が疲労困憊状態でしたから、
この「自分の足で棺桶に」という意に込められた、
志を貫く時間が与えられていることに、
これこそが奇跡だと感慨深いです。

さて、これに関したわたしの夢に明晰夢はありません。
それほど迄にこのメッセージは、
実際を通して体験的に、
受け取る必要があったのだと思います。


posted by バンナイ at 12:02 | 夢のメッセージの取り方
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