画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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2011年03月31日

「夢と感情」(ケイシーの夢から感情の整理と霊性向上の道筋を読み解く)ー4ー

12
実のところ、馬たちの素早い方向転換がーーー
アキレスの手綱さばきだからこそなのだがーーー
ヘクトルの頭を私の脇の門柱に激突させ、
彼の脳味噌は四方に飛び散った。
彼が命を落とす前、
見たままを言えば、
筋肉の震えがなくなる前に、
腐肉をあさる鳥が、
脳味噌のあらかたを食べ尽くした。    
13
再び私は何かの理由で、死んだ。
そして(物質の世界から)不可視の世界へ入った。
私は形ある存在に戻ろうと、
その方法やり方を模索しているうちに、
他の存在はどうなっているかと考えた。
周りには肉体を持つたくさんの魂がいたけれど、
知っている人はほとんどいなかった。
そこで最終的に知り合いの魂に出会ったときは、
ふたりで母鳥を訪れようと決め、
小さな雌のミソサザイによって、
私たちは小さな雛鳥に生まれ変わった。
それから、二人は成鳥になると、
ほど近いところに巣を構えて、
いちどきに六羽の雛を羽化させたが、
老いた猫に全部食べられてしまった。
あまりの悲しさに、
私たちはすべての猫に復習の誓いをたてた。
14
そして再び私は形ある世界で男になった。
その前の小鳥のとき一緒だった仲間を、
何とか見つけ出したいと私は躍起だった。
コロンブスのアメリカ発見が舞台になっていた。
そう言えるのも、
コロンブスが大陸にやってきたとき、
私は陸にいたひとりだったからだ。
そのコロンブスの隊員のなかに、
鳥で一緒だった仲間を見つけた。
私たちは、海岸で迎えてくれた現地人たちと、
ボート巡りをしたいと願い出た。
何故って私たちだけが彼らと話しができたからだ。
しかしそれは許されなかった。
そこで私たちは島からの脱出を企てた。
が、折悪しく嵐がやってきて、
私たちは溺れ死んだ。    


      
posted by バンナイ at 18:20 | 夢のメッセージの取り方

2011年03月30日

「夢と感情(ケイシーの夢から感情の整理と霊性向上の道筋を読み解く)ー3ー

10
再び私は男になって、
ローマの門番の一員になった。
門の見張りをしながら、
あらゆる争いごとを目撃した。
観音開きの門の反対側には相棒がいた。
現在「5453」(訳注:リーディングナンバー)として知っているその人である。
彼は私より大柄だ。
私は今で言う、職務服、制服を着ていた。
ズボンは、
一枚の布を体に巻き付けて両足の間で襞をとり、
ピンを打ってできあがっている。
もう一枚の四角の布に、
頭を入れる穴をあけて肩に掛けた。
両腕のためにも穴をあけ、
腕を通して服がからだの上を泳がないようにした。
この方式は、
後世ほとんどの軍隊で採用された。
(一般人にか軍隊か、そこは定かでないが)    
                        
11
私はヘクトルとアキレスの戦いを目撃した。
このふたりは、
現在の「5715」と、「900」だ。
ふたりとも凛々しい顔つきをしていた。
どちらも黒の巻き毛で、
私にメデューサを思い起こさせた。
髪の毛が彼らの力の基に思えたからだ。
アキレスはとても毛深かったが、
一方のヘクトルは後頭部にだけ巻き毛が見え、
それは頭の天辺と色が違っていた。
私は門番をしていて、
ヘクトルが大きな闘技場に引きずられていくのを、
目撃した。
彼は何回も闘技場を引きずり回された。
彼はもはや意識もないのに、
意識もなかったのに、
大量の血を流しながら、
地上に投げ出され、
引きずり回される間中石を投げられた。
けれど彼は完全に意識を失っていたのではない。


posted by バンナイ at 05:21 | 夢のメッセージの取り方

2011年03月29日

「夢と感情」(ケイシーの夢から感情の整理と霊性向上の道筋を読み解く)ー2ー


それからどうしてだか知らないが、
私は牛に変わった。
気が付いたら牛だったということだ。
そのうち母牛の気持ちが分かるような体験をした。
私には子牛がいて、
その子牛は、
ダビデ王が羊のために飼っている犬を怖がった。
その犬は(牛だった)私をひどく怒らせた。
その犬は、私のそばから離れてしまう子牛を、
引き戻してくれるのだけれど、
そのたびに子牛を傷つけないかと、
私をハラハラドキドキさせたからだ。     

それから私は犬になった。
どうやって死んで、
どうやって牛から変化したのか、
そこのところは知る由もないが。
私は羊を世話する一匹の犬であった。
そこで次第に私は、
犬と犬を信用しない牛の気持ちの両方が、
手に取るように分かった。
そこでは人間だったときに知っていた、
たくさんの牛に出会った。
私は大変優秀な犬らしかった。
どうしてって、
ついにはサーカス送りになったからだ。
再びカタツムリ、魚、牛、人間だった、
その仲間達に出会った。
私は自分が類い希な賢い犬であることに、
有頂天だった。              

私は自分の体験を、
どんなに周りの人たちにに知らせたかったか。
しかし私は犬の言葉しか話せなかった。
それでサーカスのなかでは、
たくさんの動物たちと語り合った。
そこで知ったのだが、
猫と犬の間にはある感情が存在する。      
あるとき、
持ち芸の一つの輪っかくぐりを披露していたとき、
私は自分の脚を折ってしまった。
誰かがーーー故意ではないがーーー
輪っかの前の踏み台を、
いつもとは違うところに置いた。
(輪っかはそれまで葡萄の蔓で作られ、
 今日とは様子が違っている)              

そう、私ははっきりと覚えている。
(槍にちかい)刀を持った男が、
私の心臓をねらって脇腹を突き刺し、
この悲劇から私を解放してくれた。
この人には感謝した。  


posted by バンナイ at 05:54 | 夢のメッセージの取り方

2011年03月28日

「夢と感情」(ケイシーの夢から感情の整理と霊性向上の道筋を読み解く)ー1ー

ープロローグー

これから随時、書き貯めた原稿をブログで公表することにしました。
主に、ケイシーセンターの機関誌「ワンネス」で発表したものです。

この時期だからというのではありませんが、夢への取り組みは使える感性を磨く為です。是非多くの方々に役立てて欲しいと願っています。

将来どんなことがあっても、守護と平安は約束されています。
無用に心騒がせることはありません。
安心安全の為に、夢が教える直感的知識を読み取れるよう、
ご自分の夢に向き合って下さい。

そこには、大きな安心があるでしょう。その為のきっかけになりますように。
幸い、第1回目の連載はエドガーケイシーの夢からはじまります。話しの面白さに魅了されて下さい。では、はじめましょう。

     ♧     ♧     ♧     ♧     ♧


「夢と感情」(ケイシーの夢から感情の整理と霊性向上の道筋を読み解く)ー1ー

私は人間の形をしていなかったが、
自然の中の一つの形として存在していると感じた。
とは言え、

私は小さなカタツムリとして地を這っていた。
周りにもたくさんのカタツムリがいた。
当然それらも人間なのだと私は納得した。
私の知らないたくさんの人たちも、
単に人間の形とは違うものを、
占有していたにすぎない。      

それから、
(カタツムリの)私は何かに食べられた。
前もって、
逃げなきゃ遣られると分かっていたのに。

それから私は人間になり、
大勢のカタツムリの仲間たちも人間になった。
そして人間だった多くは、
今やカタツムリになった。

人間になった私は、
カタツムリの幼虫に巣くう病原菌が基で、
熱を出して死んでしまった。    

次に私は大海を泳ぐ魚になった。
私の上を船やボートが行き交った。
他の魚たちも同じように生まれ代わった。
だから親しく心を通わせるのは容易いことだった。そのうち気が付いたのだが、
人間からの仲間は多くはなかった。
残ったものもあらかた網に掛かって、
人間に引き上げられてしまった。
残った数匹の仲間と泳ぎ回った私も、
最後には網に掛かってしまった。
それはそれは大きな網だった。
気が付いたらまな板の上で、
そのまま意識を失った。           

再び私は人間になった。
以前人間だった仲間たちと再会して交流を深めた。
共に魚だった仲間はほんの少しだった。

私はたくさん牛を扱っていた。
やがてイスラエルの王ダビデに仕える者になった。
だが王は羊を飼っても、牛は飼わなかった。
私は王の羊の面倒を見ながら、
ちょくちょく王に会っていた。


posted by バンナイ at 17:37 | 夢のメッセージの取り方

2011年03月21日

祈りの次に心の浄化に取り組みましょう

今回の地震と津波について、インターネットでは様々な情報が飛び交っています。それを見つけたら、それをじっと見て下さい。考え込まずに、しっかり読んで下さい。
心は、真偽の判断に傾きがちです。いっとき心が騒ぎます。しかし、それも捨てて下さい。福島原発の事故では、祈りの効用をお伝えしました。
核もまた意識の心を持ち、選択権があるでしょう。今後事態を決められるのは、祈りを捧げる側ではありません。祈りに休息も必要です。祈り、そして天意を待ちましょう。

天意を受け入れる静かな心も必要です。

瞑想をしましょう。

座して、何もしない何も考えない時間を作りましょう。

日本はまだ緊張状態にあります。その緊張を解くにはわたしたちひとりひとりが心の浄化に取り組む必要があります。
今回の天災では、命と引き換えに大勢の方々が、命あるわたしたちに託した思いがあります。それを行動に移しましょう。亡くなった人々の優しい願いを叶えましょう。
地震は、(きっかけが何であれ)地殻の緊張を解くことで起きます。
わたしたちひとりひとりの心の中にも、これにそっくりな緊張があります。今回の激甚災害は、わたしたち日本人の中にこれと同じ緊張があることを知らせてくれました。それに向けて意識の光りを当てましょう。
衝撃的な天災はこの為に起きたと考えましょう。

わたしたちひとりひとりは自分の心に、言うに言えない我慢や、怒りたい気分を、そっとしまい込んできました。それを引っ張りだしましょう。
意識できないところにまで押し込めたストレスを、意識の心にのぼらせるのです。いまはそれが可能です。みんなが悲しみ、みんなが怒りのやり場に困っています。平安な毎日では、怒りも悲しみもやり過ごせますが、いまはそうはいきません。情動のスイッチが入ったところで、日頃溜め込んだ心の澱を意識に昇らせましょう。怒りや悲しみに蓋をして耐えるのではなく、じっと心の中の情動を感じ続けるのです。これが心の浄化です。意識の光りは溜め込んだ塵を、解かし、溶解し、流してくれます。

一番良いのは、身近な人への不満です。それを大げさに意識しましょう。身近な人の行為と、自分の鬱憤は別物です。あの人がああだから、わたしはこんな思いをしている。そんな自主性を無くした思いは誰にでもあります。それを洗い出して、心の引き出しから心のテープルに引っ張りだします。
それを飽かず眺め、わたしの心にはこんなものがあったんだと納得するまで、飽きるまで眺めます。すると、それがつまらないもの、どうでも良いものになっていきます。そこでこの心の浄化はお終いです。
また再び心の引き出しに仕舞おうと思えなければそれで良いのです。

この一連の作業が終わったら、お礼と感謝を犠牲になってくれた方々と身近な人と自分の人生に捧げましょう。「ありがとう 感謝しています」と。

これが心の浄化作業です。

これを読まれて不思議に思う方もおいででしょう。「わたしに怒りはありません」という方もいます。「家族はみんな仲がいい」という人もいます。
人はみな修行の身。わずかな塵や埃や澱は心のどこかに潜んでいます。その存在を夢は日常の場面を通して教えてくれます。こんな時だから一層そんな夢が多いはずです。そのお掃除をしましょう。みんなで。そのチャンスを与えられたと考えましょう。

日本の国土はまだ緊張状態にあります。この心の浄化で国土の緊張も少し和らぐでしょう。地震があっても被害にならず、火山が爆発しても小難になるでしょう。

わたしたちは、これから地球の自然と和していこうとしています。
     
さて、わたし自身の昨日の夢のはなしをしましょう。日頃夫のちょっとした行為が嫌で、その度にちらと心は騒ぐのだけれど、やり過ごしていたことがあります。それが夢に表れました。

午前中はしっかり夫への鬱憤を感じ続けました。わたしの心に鬱憤がある限り、これが課題と分ります。鬱憤という怒りを、蓋をしないで感じ続けると、そのエネルギーは徐々になくなります。感じ続けるのが難しくなります。わたしはこれを怒りが天に帰ったと表現します。
怒りは蓋をするといつまでも心の中に居座ります。そして、しまい込んだことを忘れます。蓋をするのと感じ続けるのとでは、怒りへの対処が違います。しかし、大方の方に取っては微妙な違いとも言えるでしょう。
この作業の最初は、この感情を感じ続けることに集中します。周りと自分とを、遮断して感じ続けます。それが心の浄化作業のはじまりです。
感情を感じ続けるのは、自分を優しく扱うことです。ここに判断はありません。

では、ご一緒に。。。。。今日も。そして、明日も。

(今回は「地震」の説明をしました。次回「津波」の意味をお知らせしましょう。) 


posted by バンナイ at 07:17 | 夢活用法

2011年03月10日

同じ状況の夢や前にも見たなと思う夢と夢解きのコツ

質問:同じ状況の夢が続いたり、しばらくして、「あ。これは以前も見たのだ。」と思うこともあります。そういう夢は、やはりメッセージ性が高いのでしょうか?

応答:夢日記は、霊性の記録簿です。自分のスピリチュアリティ(=霊性)の発展記録のようなもの。子供の時に学校からもらった通信簿が、この世の価値修得記録みたいなものだとしたら、宇宙規模の価値修得記録だと思って下さい。
夢の神様から見せられた、通信簿といってもいいかもしれません。  
という訳で、夢が同じ状況だったり、以前も見たような夢だったら、テーマ(課題)は同じです。メッセージ性も高いでしょう。その課題をクリアーしたらどうかと言われているので、忠告も繰り返す訳です。
でも、そんなときは、場面のどこかに違いがあるはずです。その違ったところから、ちょっとした進歩や足踏みや退歩を読み取れます。
テーマは変わらないけれど、自分の取り組み具合が垣間見えるという訳です。
例えば、怪獣にいつも脅されている夢(シリーズ)の場合、怪獣が段々大きくなっているとか、逃げるのが難しくなったとします。そんなときは、夢の神様のお叱りが強くなって、「いい加減取り組め!」と語調が厳しくなっているのだと思って下さい。
夢は、歩きはじめの子供を急き立てて、転ばせるような早急な事はしません。夢の神様も夢主の状態を図って、心の筋力に見合ったメッセージを送ってきます。
    

質問:夢の講座も受けてみたいのですが、子供が小さいのでなかなか叶いそうになく、とても残念です。いつか伺いたいと思っております。自分で夢を解釈するとき、よりよく理解できるコツみたいのがあれば是非お教えください。

応答:夢解きのコツを知りたいというご質問です。
自分に正直になるのがコツですが、なかなかこれが難しい。それで大抵の場合、夢のメッセージをいくつか想定して、そのなかの一番選びたくない答えをメッセージと受け取れたら、夢が分ったと言えるでしょう。これは一見サディスティックですが、ここに込められた醍醐味、この親切、この愛情の深さを実感できると、夢が本当に大切なものだと理解できます。そして、夢のメッセージが安全安心を基に送られてくるものだと分ります。
しかし、いつも夢に真摯に取り組まなくてはいけないと叱咤激励する事も無いとわたしは思っています。
逃げたいとき、やり過ごしたいときは、それにも正直でいて下さい。自分をごまかし、挑戦していないのに、挑戦しているように言い繕うことはありません。立ち向かえない自分を許し、気分の良いときを待ちましょう。これが自由意志を発動する基本になります。これは夢解きのコツというより、夢に取り組むコツかもしれません。


posted by バンナイ at 02:50 | 夢のメッセージの取り方
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