夢の講座では瞑想を薦めています。「瞑想」の「瞑」は、「暗い」とか「目を閉じて何も見えないさま」を云い、「想」は「ある対象に向かって心で考えること」を云います。
つまり、瞑想とは「考える対象を持たない心の状態」を云います。意味は解っても、この状態をつくるのは大変と言ってしまえば大変だし、簡単と言ってしまえば、それも云えないことはない。瞑想とは、結果ではなく、状態を云います。(注:こことても大切)
この瞑想と夢は、互いが補充するように、自分を知るための道具になります。一組と考えると良いでしょう。瞑想だけでは片手落ちになります。夢だけだと自分を知るのに時間がかかるでしょう。瞑想体験だけだと、これも又増長の危険が伴います。
下記のアドレスはよくまとまっていて、瞑想を始めたい人、瞑想についてとっかかりが欲しい人に参考になります。
http://mm.1webart.com/MM_PublicBackNo.cfm?UserID=cayce&MagazineID=-1&T=LAST
では、わたしのドジな体験話しを。瞑想が嫌いな体を鎮め、心を鎮める状態に近づけるようになったある日のことです。瞑想中に怒りでいっぱいになり、それもなんとか静まったかと思えて、瞑想を終えて、立ち上がった時です。見事にひっくり返りました。
日常に気持ちを切り替えたとたん、瞑想中に湧き上がった怒りが、瞬時に戻ってきたのです。その自分の感情に圧倒されて、足の甲で体重を支えたのでした。瞑想すると、蓋をした感情が湧き上がるのでしょう。これも瞑想の効用だとわたしは思っています。
懐かしい思い出です。
それから一ヶ月捻挫で動けなかったのは、云うに及ばない?