画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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2008年09月17日

再々の「絵本のお話みたいな夢」

 前回、前々回掲載した「絵本のお話みたいな夢」の続きの夢が送られて来ました。またもドキドキワクワクの絵本のお話みたいですが、今度は気分もハッピーで終わっています。
 こどもの母親から戴いたメールを、まず読んでいただきましょう。
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今朝もまたむすめが夢の話をしてくれました!
しかもまた警察が出てきました。
【学校からひとりで帰ろうとすると、トンネルの所に
金髪で(染めてる)黒いズボンの不審者がいたから、
逃げようとすると、周りが急に暗くなって、
長細い穴みたいなのがあって、のぞいたら向こうに
警察がいたから助けてーって言ったら、
世界が急に変わったみたいになって、穴の向こうの世界に
行っちゃったの。未来っぽかった。不審者もついてきて、
警察と私はバッタの乗り物に乗って、不審者は
ブタの乗り物に乗って追いかけっこしてるんだけど
バッタの方が全然早いの。警察が私を(家の近くの)
橋(歩道橋)のところまで送ってくれて、降りたら
ここの世界に戻っていて、警察も乗り物も消えていて
戻って来れて良かった〜って思ったの。】
どうですか〜〜?
素晴らしい夢ですよね〜〜?
『不審者』といういい方が、このご時世風ですね。
学校で、しょっちゅう不審者情報など公開されており、
つい先日も「♧♧市の子供を殺す」という電話が
あったとかで♧♧市中が集団下校の大騒ぎになりました。
先生方も、口を酸っぱく不審者の怖さを生徒に
話しているようなので、怖くなったんでしょうね。
注意するに越したことはないですけど、
やたらの恐怖心や不信感を植え付けるのもどうかと
私なんかは思ってるので、むすめにもその時そんな話を
したと思います。
怖い怖いっていうマイナスのパワーは、また怖い出来事を
作っちゃうからね。プラスにしようね。みたいな。
それで、むすめなりに恐怖をファンタジックな映画風に
変えちゃったんじゃないかと…
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 今回もセノイ族の、「夢をみたらいつもはっきりとした成果を手に入れ、創造力の所産を持ち帰ること」は、やってのけた夢になっています。 前回の迷子の悲しく淋しい感情から,今度は「良かった〜」で夢を終わらせたのですから大したものです。
 夢主の特色は、判断力があり,リーダーシップも取れ,忍耐も有ると前回の夢はいうのですが,今回の夢では、更に意思表示がしっかりできるまでになりましたと、知らせてきました。それはどこかといえば、「警察がいたから助けてーって言った」というところです。これができたので,場面を次々に変えられたのです。夢の中で,発言するという行為は案外意思を強くはたらかせないとできないものです。
 「助けてー」も、闇雲に言っているのではなく,警察官に向かって言っているので,立ちむかうべき相手に立ち向かわず逃げたのではなく,とっさの知恵を働かせて,できうる最善策を講じることができたことになります。
 この夢で,この子が夢を学習し強くなったことが分かります。
 彼女の夢に出てくるいまのところの指導者は、警察官です。これはこの後彼女が年を重ねるに連れて,変化して行くことでしょう。その変化に伴い,彼女の中のリーダーシップも男性性も創造力も成長するに違いありません。

 再び戴いたメールに、子供の夢特有のテーマが登場しているので,そのことに触れて,子供の夢シリーズを終えたいと思います。まずは、そのメールをお読みください。
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 1つ分かったことは、娘の許せない部分は
私が自分に、禁じているまたは許さない部分
であること。
娘は、私にそれを示してくれる、ありがた〜い
存在であること。
娘が寝ると、そんな風に思えるんですよね〜〜
(^^ゞ

そうそう、またもや余談ですが、離婚してこの地に
引っ越してきて、彼女は新しい保育園になったのですが
よく恐竜の夢を見ていました。
最初は恐竜に追っかけられる夢だったのですが、
段々、恐竜を乗りこなしていくんですよ。
当時は、漠然と夢の意味が分かりながらも、
ただ「ふ〜〜ん」と聞いていただけですが、今だったら
もうちょっと話を広げられたのにな〜と思いました☆
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 親が精神的に不安定で,いらいらを子供にぶつけると,子供の夢には大抵怪獣が出てきます。または,この場合と同じ恐竜や夜叉やお化けやゴジラなどバリエーションは様々ですが、こどもに取っては,為す術の無い相手となって夢に現れます。
 この母親は、「今だったら、もうちょっと話を広げられたのにな〜と思いました☆」ということですが,そうかもしれないけれど,「広げられなかったかもしれない」と受け入れても、好いのではとわたしは思います。
 子供は夢で、「恐竜に追いかけられていたのに、段々、恐竜を乗りこなしていった」そうなので、既に母親の全体像を感知できていたのでしょう。そのふたりの関係だったことを受け入れれば,子供の等身大の強さを信じられるでしょうから。
 自分のこどもの夢を聞ける親になる洗礼は、普通ここからはじまります。ですからまずは、子供の夢にたじろがず,自分の在り方を見せてくれるありがたい鏡が、子供の夢なのだとゆったり受け取って下さい。
 もう10年以上も前の生徒さんで,ふたりの男の子の母親は、自分の子供の夢にはっとしながらも、こう言ったそうです。
 「ごめんね。ママねえ、ママをやるの君たちがはじめてで,いままでやったこと無いのよね〜〜〜ぇ。だから母親らしくできないこともあるの。ごめんね〜〜〜」と。
 この言葉に子供たちふたりはびっくりして,「そうか〜〜。母親はじめてなんだ。だから子供みたいに怒ったり,何だか分けの分からないことやったりするんだね〜。」と、反対に同情されたそうです。
 ママの言葉のニュアンスを子供は理解してくれたのです。高飛車にがなり立てていた昨日までのママとは違って,降参し、反省したのですから,ママの言葉の矛盾など吹き飛んだのでしょう。言葉の真実を受け入れたのです。
 ちなみに、このこどもの夢はびゅんびゅんレンガが次から次に飛んでくるというものでした。怖かったそうです。母親の言葉攻撃を子供たちは内心ハラハラドキドキ、もしかして心が傷つくかもしれないと思いながら,聞いていたのが,この夢で分かります。
 ひとつ注意があります。子供が理由も分からず体調を崩す場合は,親の不安定な精神状態を過剰に受け取って、怖い夢を見て、その症状で怖さを消化しようとしている場合があります。もしその可能性が感じられたら,親の方で反省する必要がありますが,これが、その子の生きるテーマであることもあります。子供の気持ちに添おうとすることで、子供は勇気を出し元気になってくれるでしょう。


posted by バンナイ at 06:22 | 夢活用法

2008年09月11日

再びの「絵本のお話みたいなこどもの夢」

 前回の「絵本のお話みたいなこどもの夢」を、読まれた夢主の母親からうれしい感想が届きました。親子で夢を話し合う大切さを考えるにはとても良い例題なので、彼女の感想を一部お見せして更に話を続けましょう。

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多少うちら親子を美化しすぎ(?)...(^_^;)
ただ1つ言い忘れたのですが、むすめは喜んで夢の話を
した訳じゃなかったんです。
「ママ、ものすごく悲しい夢を見た。」と、朝、涙を
ためて話してくれたんです。
迷子の女の子の感情だったんですね。
でももう夢の中で解決しようとしていると、話を聞いた
私の方が感動して嬉しくなってしまい、むすめにも
そう励ました記憶があります。
彼女を迷子にさせているのは私かもしれない...と
ちょっと反省もしました。
娘と私はぶつかることが増えてきて、
なんで分かり合えないんだろう?と悩んだりもしました。
でも最近は、「分かり合う」より「違う人間だと認め合う」
ことの方が大事だと思うようになりました。
ぶつかりながらも、色んな話をして、楽しもうと思います☆
自分と子供の力を信じて。
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 母親の文章を細切れにして、伝えたいことを挿入しようかと思いましたが、最初にお見せしたいところを読んでいただくことにしました。
 この親子を必要以上に美化してはいないという話をしなくてはいけません。母親からは、こどもが夢の話をして来たとき、喜んでではなく悲しくて話してきたという訂正でした。その時この母親は、「迷子の女の子の感情だったんですね」と、直ぐにその場のその子の感情をすくいあげています。あって当然な親の態度なんだけれど,日常に埋没しちゃうとなかなかむずかしい対応です。それになんて言ったって夢の話ですからね。普通なら「あら、そう」で終わりです。
 ちょっと照れてのお言葉だろうとは思っていますが。過剰な美化ではないということついて、しつこくいわなければならない理由が、夢職人であるわたしにあります。一般的に言っても,親子で夢の話ができるというのは,今の時点ではまだ珍しいのです。まだまだパイオニアの部類です。夢の余韻のなかで泣いている子に,夢を話させて安心させられる親なんて,この日本では珍しいソンザイです。
 大事な点は,こどもの夢を聞き出せる親子関係を作っておけば,将来親子の間で絶対に起こるだろう理解のすれ違いの大事なところで、互いを認めあえる親子になれるということです。その手本になっているので,ここでこの夢を記事にしています。どうぞ迷うこと無く,恥じらうこと無くわたしたちの見本でいて下さい。夢を話し合えるセノイ族の文化が、日本にも定着したら,精神的にバランスの取れた日本人民族になるだろうと、考えてのことです。それがわたしの望みです。
 わたしが夢職人として,読み落とした点は,こどもの夢の感情を過小評価した点でしょうね。こどもの夢はわたしが思う以上に情動激しく,迷子のこどもの悲しさから抜け出せず、起きたあとも余韻の中に居ざるを得ませんでした。だからこそこどもは夢で治癒を大きく得られるのだと、改めて理解できました。とはいえ、治癒に結びつくには,親と夢を話し合えるならという条件が付いてくるにちがいありません。
 前回でもお話したように,大人ではなかなかこうはいきません。目が覚めたあと、普通は理性をはたらかせて、治癒のはたらきを小さく押しとどめてしまうので、こども程には効力を期待できません。
 母親は、「迷子にしたのはわたしだ」と反省していますが,さらっとやって下さいね。反省し過ぎないで下さいね。どういうことかといえば,親子で話し合いができれば,潜在意識の下に激しい情動をトラウマにして投げ込んで、無いものにしてしまうことにはならないからです。
 話が長くならないように,ここで、セノイ族の夢コントロール法のなかで重要な要点を三つ並べて、この夢の重要性を更にご理解戴きましょう。
 
☆夢のなかでは、危険にはいつも立ち向かい打ち勝つこと。
☆夢のなかでは、いつも快楽をめざして進むこと。
☆夢をみたらいつもはっきりとした成果を手に入れ、創造力の所産を持ち帰ること。

 どうです。「絵本のお話みたいなこどもの夢」には、この三つがちゃんと入っているではありませんか。最初と真ん中の文章には、実は説明が必要です。セノイ族の叡智は、これら三つを直接的な意味に使って,スピリチュアルなはたらきかけを示しています。しかしこどもの夢も、迷子を何とかしようとしているし、最高の解決策を目指しているので、最初も真ん中もOKとしましょう。特に最後の、「創造力の所産を持ち帰る」については、完璧な決着をみ、文句の付けようもありません。
 この三つの要素が入っているので,この子の夢は,「絵本のお話みたいな夢」なんです。みんなの見本みたいな夢なんです。そして、この親子のやり取りも,みんなの見本になっています。これを読めば,こどもの夢の解釈は必要ないけれど、それに勝るこどもへの共感と後押しが、親の態度に求められるのを、誰だって理解できるでしょう。
 そして、この夢全体が「ママ、わたしは大丈夫だよ。こうして自分で工夫しながらやっていけるよ」と、夢を話すことでママにつたえています。これがママへの感謝のプレゼントなのです。
 こどもの時の、つらい夢を誰にも語らず・・・・、抱え込み忘れて・・・・・、潜在意識下に置きっぱなしの人を、わたしは数多く見て来ました。
 これからはそういうこどもをなくしたいというのがわたしの願いです。

 この母親とのやり取りがまだ続いています。そこで、次回もこの続きです。お楽しみに。 



posted by バンナイ at 11:43 | 夢活用法

2008年09月04日

絵本のお話みたいなこどもの夢

 まずは、小学三年生の女の子の夢をお読みください。

   田舎の道を歩いていたら、
   迷子の小さい女の子が座って泣いていたので、
   お巡りさんを捜しに、
   警察に連れて行ったの。
  
   警察の大きな建物の
   7階に一番偉い人がいるから、
   そこに連れて行ってあげたら、
   たくさんの人が列を作って並んでたの。
   仕方ないから一番うしろに並んだの。

   その人はみんなの爪を切ってたよ。
   近くで見たら、
   全然偉くない。
   
   普通のオジサンだった。
 しばし何も言いたくないくらい、言葉にならないくらい、妙に心に染み渡るお話です。このまま、絵本にしたいけれど、でも、それにしてはあまりに哲学的でしょうか。大人向け絵本かもしれません。
 そしてわたしの思いは、更に広がります。このこどもの夢に先導されているような感慨があります。こどもたちが光っています。いまのこどもは光っているなあと、感心しています。取り分けこのこどもの夢は、光り輝いて未来派です。わたしよりお若いみなさんは、わたしより可能性も、持って生まれた才能も、なにもかも優れておいでです。
 わたしたちがいまから、最も心がけなくてはいけないことがここにあります。みんな普通。誰が偉いのではなく、それぞれが特有の個性を持って、互いに貢献しているのです。それでひとりひとりは普通なのです。
 しかし沢山の人にお目にかかって、これが一番苦しく心の浄化の一番大変なところだなあって思います。みんな自分を凡人にできずに、苦しんでいます。これが最も浄化のむずかしい点です。地球の浄化が叫ばれていますが、これは取りも直さず、自然を屈服させて、建物を、橋を、鉄道を、道路を造ってきたのと同じく、マスコミの評価の高い人や自分を他人と比べて優位に立たせて来た、ひとりひとりが負うべき浄化なのです。わたしはそう思います。
 わたしも、10年前、「人の前で話す立場は、麻薬になりかねない」と、幽かに思ったものです。どんなに自分を番兵していても、心の隅に自分を人より偉くしたい気持ちが知らずに居座るのです。50歳の声を聞いてからのデビューですから、こんなプライドどぶに捨てたはずなのに、七、八年もやっていると、垢が溜まってしまったのでしょう。生活できずに、他人様のご厄介になって、家賃なしの生活をしました。神様がわたしの願いを聞いて下さって、ちょっと苦しいけれど、心の浄化のためにと業をプレゼントしてくれたのです。文字通り清掃だけの仕事で、それもわずかな時間しか与えられませんでした。お陰で、自分を普通にできないで苦しむ人が、何をするか見えたのです。この体験は、わたしのなかでいま輝いています。こんなこと必要にならない方が良いので、自慢をしているのではありません。浄化の必要は具体的にこうなったという、あまり自慢にならない話です。
 そこでの生活は、まだ語れる程心のなかでこなれていないので、詳しい話はできませんが、お陰で、夢の話なら世の中のお役に立てるという、自分を普通の職人の気持ちに戻すことができました。夢に関してだけは職人なので、夢ではお金を戴いてよいのだと思えたのです。
 どん底は絶望につながらずに済みました。神様はお優しく、許しを下さって、再び市井に戻れた感じです。

 話を元に戻しましょう。
 女の子の母親がこの夢を送ってくれました。娘が素敵な夢を見たので、お知らせしますと。
 この夢の前で、じんわりわたしもどんなに癒されたことか。そして、考えさせられました。
 こうして、ママ経由で夢が送られてくるに付いては、夢主の女の子は、夢を見、それを目が覚めたあと思い出し、感動して頭の中で繰り返し、喜んでママに話したことでしょう。ここまででも彼女は少なくとも三回は夢を反芻し味わったことになります。この夢の最高の値打ちが、夢が夢主自身を癒しているところです。大人の夢はこうはなら無いけれど、こどもの夢は感動が直接心を成長させるからです。
 うれしくて仕方なかったでしょう。ママに話したら、ママはもしかしてうれしくて涙を浮かべながら、この話を聞いたでしょう。それをみて、この子はもっと心楽しく、自信を持ったと思います。
 この女の子に実際会ったのは、三歳か四歳の時でした。その後は会えずじまいです。この夢を知ってどんな女の子に成長しているか、はっきり目に浮かぶようです。夢を通すとその人全体が見える体験を、何度も何度もしているので、自信を持ってそう言えます。これが夢職人の醍醐味です。
 つまりどんな夢も、夢から夢主の心の動きが見えます。もっと言えば、ことが起きたときにとっさに何を思うか、どう夢主が反応し行動するかが見えます。彼女は、周りを注意して、困っている人に目がいく子です。彼女には三歳位歳の離れた弟がいますので、彼の世話を引き受けているのだろうなと、想像します。困っている人をどう助けられるか、彼女は自分の判断に自信を持っています。判断したことを行動に移し、その行動を最高のものにするために工夫さえします。その工夫が、最高のことをできる人に問題をゆだねようというのですから凄い。最高の解決策を手に入れるには、待たなければなりません。待つ間に、その解決策がどんなものか知ります。
 「爪を切ってた」とあるだけなので、手の爪だけかどうか分かりませんが、恐らく手の爪でしょう。警察の一番偉い人がやってくれる解決策は、「自分にもできる」ことだったでしょうか。偉い人は普通の人だったのですから。
 偉い人がいるところは、7階でした。それから爪の手入れでした。つまり「7」が意味するところと、「爪の手入れ」は同じ意味になります。数字は象徴が獏としてなかなか意味付けし難いので、こういう風に考えると楽です。夢特有の構造というか、隠喩の重層法です。シンクロニシティーが重なるのと同じです。
 「迷子になったら、体の手入れをするといいよ」とでも、まとめましょうか。「7」は、三角と四角で家の形になります。家は身体です。(心が)迷子になって、解決策が見つからないときは、身体をきれいにして、いい考えが浮かぶようにしましょう・・・かな?・・・言葉が夢に追いつきません。
 余談ですが、指の先の爪は守護の星からの波動をキャッチするアンテナの役をします。爪の手入れはとても大切なことです。
 大人になら、超意識の叡智をとか、ハイヤーセルフだのとか、それらしき言葉は使えるのですが、こども相手では、わたしはお手上げです。

 こんな解説、この夢の前では興ざめだなあと、ちょっと萎えます。
 この夢をブログに載せるお許しは母親に戴きました。しかし本人を特定できる情報は控えたいので、なるべく曖昧にしておきます。この子の母親はクリエイティブな仕事をしています。仕事の面では傍目にかなり順調です。しかしこどもたちの父親とは4年程前に離婚しており、私生活では母子家庭で、それなりのご苦労がうかがえます。
 さてこの背景を知ると、この夢が俄然、更に光を増して感じられませんか? 警察のお偉いさんは、「あこがれのおとうさん」でしょうね。それと同時に将来はリーダーシップの取れる女性になる彼女自身でもあるでしょう。
 母子ともにこの夢をたよりに、明るい未来を見続けてくれると良いなというのが、わたしの願いです。
 母親とわたしの関係は、先生と生徒です。いまはそこから離れていますが、お若い先生です。わたしが夢を扱っているとご存じないときに、夢の話になりました。先生は既に明晰夢のなかで、自在に行きたいところに飛べる人でした。
 先生のお人柄が、こんなに素敵な夢を見る娘をこどもに迎えているのだなあと、感心しています。


posted by バンナイ at 14:25 | 夢活用法
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