画家・坂内和則 & 夢療法家・坂内慶子のWebsite

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ブログアーカイブ

2008年05月22日

ハート形四葉・ワイルド・ローズ・オズの魔法使い

 静かな気持ちです。でも、わくわく気分で!毎日を過ごしています。
ふしぎ!!! ふしぎの時間が続いています。
 5月11日に遠出の散歩で見つけた小さな公園の入り口にさしかかったとき,「ここに四葉があるよ」と芯のところで知らせが入りました。そのとおり四葉のクローバーをみつけました。
 シロツメクサが芝生のあっちとこっちに咲いていて,どこにでもあるような公園。それでいて遊具の無い、大人の趣のある公園でした。
 想念をそこに戻して・・・・四葉のクローバーを摘んだときの光景に戻ると・・・3,40年は有に経っているケヤキが何本か、まわりにありました。
 その一本の、入り口に近いケヤキの根元に見つけたんです。
 真似っこの夫も、直ぐに三本位見つけて,自慢げに見せにきました。しかし、わたしのを覗くと,「すごいね、それ。ハートの四葉だよ」と。
 よく見るとこの葉っぱは、ハートの形。夫のは大きいけれど,どれもうちわの楕円形。
 指摘されて、まじまじ見ると、お負けにグリーンも鮮やか。
 19日に、「フラワーエッセンス・ヒーリング」の著者・上野七歩子さんにお会いして,思いがけなくフラワーエッセンスを分けていただけることになりました。それがワイルド・ローズ。これは、カードから選びました。カードの写真にある野バラのピンクが美しいのと,今を盛りと咲いている花が二輪だったので、衝撃的で愛らしく、夫とわたしになぞらえてみたくなったのです。で、これだ!と。
 上野さん曰く,「これから忙しくなりますよ」と。 そうですか、まだ、神はわたしをお使いくださるのですね、と思ったものです。ご著書の「ワイルド・ローズ」のページにある言葉はどれもぴったりでしたが、『「いばら姫」が百年の眠りから目覚めるとき』という表現は、力強く響きました。
 4月5日にある方にお目にかかって,最高の情報をいただきました。そのなかに私たち夫婦は、「オズの魔法使い」夫婦なのだというのがありました。衝撃的なこの言葉は、わたしの心から、これまでの重荷を解いてくれました。
 「オズの魔法使い」のドロシーは子供です。わたしは歳は取っていますけれど、大人の気配りや常識や采配を振るうのが苦手です。これまでは生きにくい日々を過ごしてきましたが,このまま子どもで良いのだと保証されたようで、ほっとして楽になりました。
 ペテン師にしてオズである夫は,自分がペテン師めいたところがあるのに気付いたようで,妙な納得をして,彼も又、これを知って元気になりました。
 このあと、ふたり一緒に、本当のふるさとに帰るため宇宙船を待っているというシーンを、夢に見ました。それも二度も。いくらか場面は違いますが。
 他人の夢からは、その方がどんな神話やおとぎ話を生きているか,ときに分かるときがありましたが,自分の事は夢中になり過ぎて,分からないままになっていました。
 そうなんです。何年も前になりますが,夢で「Dorothy」が出てきました。その時は音だけで,ストーリーはありませんでした。とても大切なメッセージがあるのは、直ぐに分かったので,いろいろ調べたはずでしたが,「オズの魔法使い」のドロシーには行き着けませんでした。その時の必死の証に、大英語辞典のそこだけ、マーカーで付けたアンダーラインが残っていました。
 ワイルド・ローズの解説に戻ると,上野さんは、「無垢で安らかに開くワイルド・ローズの花は,だれも寄せつけないような刺のある茂みに咲くことで,1つの完全な形を示し・・・・」と書いてあります。
 子どものわたしは、(刺に)守られているという感覚や信頼が欲しかったのです。夢の話をしてさえいれば,そのときわたしの神に対する信頼が,わたしを神に向かって開かせ,そのこと自体が刺の存在になってくれると、いまは感じています。
 今現在、どんなに静かでわくわくのときを過ごしているか、お知らせしたくて、ふしぎ!な話をしました。
 ワイルド・ローズは『楽しい』を選ぶエッセンスだそうです。

posted by バンナイ at 15:39 | 夢で心と身体の健康状態を知る

2008年05月19日

夢職人と納得したこと

 先日「わたしって夢職人だなぁ」と胸に沁みる体験をしました。夢を伺っているうちに夢に対するわたしの理解度がアップしたのを実感したのです。夢の話しをじっと聞いているうちに、何だか心がどんどん満たされて、なかから沸き上がる思いをそのままに。。。これだなと思ったのです。夢の話しを伺っているうちに、次元を超えた聖なる思いを体験していると思えたのです。
 こういうのを夢の神様と握手すると表現しているのですが、いつもは一瞬ですが、このときはじっくりゆっくりこの豊かな状態が続きました。思わずうれし涙が。。。。。
 これは理解度が上がったことだと、自分が自分に下せる評価です。その道の職人が、その道でしか下せないものかもしれません。とどのつまり、自分が自分にしか下せない評価でしょうか。これは画家である夫が、ときにある技術を習得できたとか言う、それと同じで、その道の専門家にしか分からない醍醐味です。その体験が降って湧いたようにありました。うれしかったです。その話をしましょう。
 恐らくその方との相性とか、夢の内容とか、様々な要因が理解度を上げてくれたのだとは思いますが。。。。。
 その方はその分野で特異な技術をお持ちです。このわたしの尊敬の眼も夢への理解度を上げてくれた要因のひとつでしょう。なんとも素敵なのは、ご自分の仕事を大切にされていること。その方に許可を戴いていないので、獏とした表現を使うしかないのですが、態度と振る舞いから仕事を通してこの世に奉仕をすることに一点の迷いも感じられないこと。それ以外には興味がおありにならないようで、技術を挙げることに夢中で居られること。謙虚なこと。すごいなぁと思います。わたしもそうありたいと、この方を思い出す度に身を正しています。 
 いくらか怪しげな話しに聞こえますか?夢は次元を超えた通信網です。夢が超意識から来ていることに一点も疑いを持たないわたしからすると、真我のその核から発せられている夢には、それを信じるだけで治癒の効果があります。そこには精妙な聖なる力がはたらいています。
 そのとき話題にあがったその方の夢には、亡くなられた息子さんが登場します。お互い霊として、夢の中で細やかなやり取りが、おふたりの間で続いているようでした。しかしこのやり取りを変化させる為に、わたしとの話し合いが必要だと、天の方で塩梅下さったのでしょう。
 いまこのときこの高い次元を超えた聖なる愛のやり取りは、この地球を救うだろうというのが、わたしの思いです。恐らく、いまこのとき多くの方がこれを体験されているのだろうと思っています。普通のこととして。。。。。話しが飛びましたか?
 あらゆる現象に感謝の念を持ちましょう。行き着くところはそれなのですが。目に見えない高次との愛のやり取りが、夢でも起こっています。それが益々濃く深くなっていると思えます。
 いままで言葉にすることはなかったけれど、考えてみれば当たり前のことでした。もともとわたしたちは霊(スピリット)としての存在なのですもの。 
 夢に関わってきて、わたしたちは次元を超えて大きく豊かに存在していると思えるようになりました。


posted by バンナイ at 10:46 | 夢活用法

2008年05月13日

オイルの不思議

   前回はシンクロニシティという言葉を使いませんでしたが,まさに夢と現実とがひとつになってメッセージがやってくる、そのお話をしました。自分がチャレンジすべきことを立て続けに象徴的に知らせてくるのが,シンクロニシティです。シンクロニシティとして気付くには、ときに厳しい場面に遭遇することもあります。厳しい場面であればそれだけ学びは早く確実だという裏のメッセージも含まれています。ショックは人を考え深くさせるものですから。
 人生はすべて決まったレールの上を進む訳でなく,軌道修正のためにシンクロニシティはやってきます。同じメッセージだと、目の前の出来事をシンクロニシティと気付けば、軌道修正を可能にする行動を起こせます。でなければ,その課題は学習済みになりません。終了証はいただけないのです。次に進めず,いつまでも同じ課題に居続けることになります。
 わたしの現在は、日本画の先生の女の子並みなのでしょう。母親のもつ明るさと実践力とユーモアのセンスを、わたしは彼女の子供になった気分で,学び取らなくちゃいけない訳で,こんなまじめな文章を書き続けるのもなあと,反省はしているのですが・・・・・・。彼女の四コマ漫画を拝見していて,このセンスが絵本作家に成れている理由だなあと、心底感心しています。
 という訳で,日本画の先生は折り紙付きのユーモアのセンスと楽観性と地道さを合わせ持った方です。夢実現の実行力は証明済み。これがわたしの課題です。具体的に生活のどの部分に対して楽観的であるべきか,今問われている地道さとは何に対してか,その両方ともはっきりしていますが,さすがにここでは公にできません。ヒ・ミ・ツ。
 では、今回の本題に移りましょう。

 前々回は水と揚げ物についてお話したので,その続きとしてオイルについてお話しましょう。
 実は,夢にオイルが出てきたのです。それもずいぶん昔のことになりました。後年,この夢がどんなに大切なメッセージをくれたのか、思い知ることになります。夢を書き留めておいてよかったと、つくづく思っています。時に触れ,この夢のお陰で,あきらめること無くひとつひとつ実現の運びになっていくのを,見定めてこられましたから。
 確かわたしが実際にUFOを見たのは、1960年代後半。1970年にはなっていない頃のことでした。6月初旬の夜9時一寸前、乗せてもらえるのではという程真直に見たのです。ここではその詳細を省きます。
 その後のことでした,今度は夢でUFOに出会ったのです。
 その頃の日記を取り出して年月日を確かめれば良いのですが,この話にそれ程正確な日時がいる訳も無く,記憶をたよりに話を進めましょう。
 夢は端からUFOの登場です。それもわたしの立っている位置から左手にUFOが見えたと思ったら,そこにいた大正時代風の着物を着た女性にUFOが当たって、着物の女性の首が折れて、倒れ込んだ場面から始まりました。太い縦縞に大輪の花をあしらったいかにも大正風な着物の柄だったと記憶しています。それを見て、これは大変と,女性に駆け寄り助け起こしたのですが,すでに首は折れ、死を覚悟しました。死ぬしかないのだと。助けるとか,蘇生させるという段階ではないのだと。
 場面は変わり、円盤型UFOの真ん中から木製(?)のサラダボールがするすると降りてきました。それを両手で受け取って中を確認すると、オイルが底の方にはいっているのが見えました。半分までは入っていませんでしたが,奇妙なこと、特別なことに思えたのは,オイルが光の反射で,人の顔を浮かび上がらせて見えたのです。見えたその人はそのとき誰とは分かりませんでした。が、直感的にそのオイルを飲むように言われていると受け取り,夢の中で飲んだのです。
 空になったボールを両手に持っていると,それが原稿用紙になりました。赤の罫線が入った四百字詰めの原稿用紙でした。分厚い原稿用紙の束をあきれるほど何度も何度もひっくり返しているうちに、到頭それは本になります。
 その後,ドーベルマンの様な毛足の短い精悍な犬がわたしの前を走っています。海岸の護岸になっている低めの岸壁を左に,これで海に出るのだとわたしも走っているのです。右が海です。
 夢はこれでおしまいです。
 何でこれほどまでに鮮明に覚えているかと言えば,サラダボールの中の人物が間もなく分かったからです。それがなんとエドガー・ケイシーだったのです。その頃は日本では公表されていなかった彼の極め付き学者風で精悍な肖像写真を、彼が作った団体から送られてきて,「この人だ!」と、分かったからでした。
 この夢の解説は後回しにして,オイルの摂取法を先にお話しておきましょう。
 このときわたしの健康状態はかなりひどく,運良く手に入った医療リーディングがケイシーの療法と同じでした。ケイシーの療法はオイルを良く使います。その最たるものは,ひまし油パックで,いまでもときどき腹部に施します。
 さらに大量のサラダを食べることが治療法であることも分かりました。薬品を加えず、冷圧法で抽出されたオイルを、ドレッシングに使います。また食べるものも、火を入れたオイルはなるべく避け,揚げ物は取らないことと指示されました。夢の中でわたしはサラダボールのオイルを飲みましたが,実際夢のように、生のオイルをそれ以後取りつづけることになりました。
 しかしオイルは曲者で,一律に一人一日何グラムと決められるものではありません。オイルはいろいろ調べて,いまは安全だと思われるオリーブオイルにしています。このオリーブオイルはわたしの場合、サラダドレッシングに使うのが最も良いらしく,緩下剤として使うときには、小さじ一杯位がマキシマムです。量を取りすぎると,最悪けいれんを起こします。このことは逆にオリーブオイルの働きが見えてきそうな感じで,現行の栄養学に風穴が開くかもしれないなあと思ったり。ドレッシングとして使う一回の量の方が多いくらいです。
 あるとき生のトマトを丸かじりして,胃の動きが悪くなるのを感じたことがあります。それからは生トマトには、ほんの少しでもオイルを垂らすようにしています。恐らくこれが正解なのだと思いますが、ご参考までに。



posted by バンナイ at 14:04 | 夢で心と身体の健康状態を知る

2008年05月11日

事故を目の当たりにして

 9日金曜日の4時過ぎ、図書館に寄ってデパートに行く途中、対向車が女の子ふたりをはねる事故を目撃しました。直線道路ですが片側一車線の道幅は余裕無く,道もいくらか蛇行しているので、前方こちら側のガードレールの切れたところにいる女の子たちが目に入った時は、もう飛び出している。そのとき対向車は車が少なく、こちらは混んでいました。横断歩道の先ぎりぎりに前方の車は止まっていたので,その後ろを安心しきった様子で小走りにふたりは渡りはじめ、中央の黄色い腺の上にさしかかった時,反対側から来た車にふたりは宙に跳ね上げられてしまいました。 
 そのすべてを目撃することになったわたしは、ただ車内で大声を上げるだけ。スローモーションの映画の場面を見ているような。
 このあと両側の車はただじっと静かに待っているようでした。事故の責任者である運転手は,直ぐに携帯で救急車を要請したようですが,夫があとで言うには,対向車の誰かが走って,すぐ近くの消防署に駆け込んでくれたそうです。
 何人の救急隊員が来てくれたのか。十人は超えていると思うのですが,その場に居合わせたみなさん自分のできることに一生懸命でした。
 わたしたちは目撃しましたと、その内のどなたかに話をすると,では警官が来るまで待っていて下さいとのこと。自分の車をゆっくり動かしはじめたら,こちらにどうぞと目の前のペットショップ屋さんが誘導してくれました。
 警官に事故のあらましを告げて、予定通りデパートに母の日プレゼントを買いに行きました。それだけで家に帰る気になれず,ショッピングモールに回り道をし,心の中ではふたりの平癒を祈り続けでした。
 昨日は実況検分に立ち会いました。おまわりさん三人とわたしたち夫婦と。どんなに冷静を自分に求めても,揺らぐ思いは定まりません。終わって、これは決まりなのでと,交通費と称するものをいただきました。辞退する旨あらかじめ伝えていましたが,思い直して受け取りました。その足で江島神社に伺いお賽銭としました。おふたりの女の子の平癒を願って。寒く雨模様のなか、これに立ち会った全ての人に湧いたであろう気分と願いを抱えながら。
 平安過ぎる毎日にパンチの効いた出来事で,これを深く修めるにはわたしの心は熟達していないのではと、気付いてもいます。子の母になろうと願うことのなかったわたしの心を少し大人にしてくれる、そんな場面に天は誘ってくれたのでしょう。被害者も加害者もそれぞれが不注意で起きた事故でした。これが大きな試練となってしまった関係者全員が、この試練に打ち勝つことを願って、祈っています。わたし自身もそのひとり、打ち勝つことができますように。
 この当日の朝,知人とその娘が夢に出てきて,その女の子が元気無く,どういうことかしらと結論が出ていません。しかし考えてみれば,同じ年頃の女の子。わたしの幼稚な部分と目撃した女の子のしてはいけなかった安心とは重なるもので,大人の配慮が欲しいところを指摘されているのだと,どこかで納得しています。
 夢に出てきた知人は画家にして絵本作家。実はわたしの日本画の先生で,尊敬してやまない女の子と男の子の母親です。この人のように自立した女性になりたいと願っているのです。
 これを書いていて,願いがはっきりしてきました。彼女の持つ明るさと、地に足の着いた実践力が、わたしも欲しいのです。そして彼女の持つユーモア。
 彼女のブログです

 さあ、元気を出しましょう。
 前回伺った時とは違い,江島神社の姫君三神はとても穏やかに静かにわたしの祈りを聞いて下さいました。
 おふたりの平癒を、祈り続けています。


posted by バンナイ at 15:18 | あれこれ
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